「長浜御殿住吉店」
福岡市博多区美野島1-5-1
午前11時~翌午前2時 無休 ラーメン490円
☎092・473・7928
「ラーメンを食べると脂が口元に残るでしょ。それをぬぐうために焼酎を飲んでたねえ」。福岡市で「長浜御殿」を展開する上木政章さん(74)は屋台時代の話を切り出す。昭和46年の創業当時、ラーメン90円に対し、焼酎はコップ一杯70円。安くなかったのだろう。コップ半分35円という裏メニューが人気となっていた。
客にグラスを渡し、一升瓶をその縁に付けながら傾ける。焼酎のかさは増し、コップの真ん中まで上がっていく。「その瞬間、お客がコップを下に引くんよ」。支えを失った一升瓶はぐらつき、同時にコップに焼酎が流れ込む。客は半分以上焼酎が入ったコップをおいしそうに傾ける。〝飲んべえの悪知恵〟も今となっては楽しい思い出だ。
昔話は続く。道沿いには元祖長浜屋、しばらく、一心亭、昇龍軒(後のナンバーワン)といった長浜を代表する屋台が並んだ。酔客や魚市場関係者らで深夜から早朝までにぎわった。「そこに阪急ブレーブスの選手たちがくるようになったんです」と上木さん。地元ライオンズは、西鉄が太平洋クラブに身売りするなど低迷。一方の阪急は常勝軍団だった。宿舎も近く、遠征のたびに通ってくれた。平和台球場で応援し、中洲ではごちそうになった。「お返しがしたい。そのために店を増やそうってね」。76年の長尾店開業を皮切りに、堤、住吉、荒江と毎年1軒ずつ店を新店を構えた。
上木さんはもともと中華料理チェーン勤務のサラリーマン。24歳の頃、独立前の修行として中洲の割烹に行ったが、話がうまく通っておらず門前払いを食らった。それでもくじけない。その足で屋台を7軒回って、売りに出ている屋台がないか聞き込んだ。そこでたどり着いたのが長浜だった。最初は我流。周りの先輩屋台から学び味を確立した。経営は順調で住吉店を出した頃に屋台をたたんでいる。
店舗は、屋台と縁遠かった家族連れを引きつけた。阪急の選手たちも変わらず来てくれた。その縁で阪急帽子の小学生にラーメンを120円にする企画を始めた。価格は仲が良かった大熊忠義さん(78)の背番号「12」にちなんだ。
阪急やオリックスグッズに囲まれる上木政章さん
時がたち、ライオンズは福岡から去り、ホークスが常勝軍団となった。阪急はオリックスになり、近鉄と合併した。それでも上木さんの〝阪急推し〟は続き、小学生向けの特別価格も変わらない。
「成績とか関係ない。ファンというより贔屓ですかね」
現在福岡市内に5店。ぼくの行きつけは住吉店であるが、使い方はさまざまだ。子ども(ソフトバンクの帽子だけれど)を連れていく時もあれば、夜に〆の一杯をすすることもある。おでん、豚足をつつきながら酒にはしり、ラーメンまでたどり着かないことも。それでも満足するのは、贔屓ゆえなのだろうか。
話を聞いた後、ラーメンを頂いた。白濁スープは見た目ほどの濃厚さはない。でも、「おとなしい」とは違う。豚骨のだしを元ダレが支え、野性味も十分。スープに馴染んだ麺をずずっといく。長浜ラーメンはやはり素早く食べるのがいい。
気付けば丼は空に。焼酎で口元の脂をぬぐいたくなった。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版グループ勤務。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている