もやい
福岡市南区五十川 1-15-14
午前11時半オープン、売り切れ次第、閉店 水曜定休
特製醤油そば 1,100円
注文を受けるたび、かつお節を削って丼に入れていく。スープは片手鍋で一杯ずつ温め、麺がゆで上がるタイミングを見計らって丼に注いでいった。
透明感ある褐色のスープをひとくちすすると、醤油(しょうゆ)の香りが立ち上がった。かえしはキリッとしたタイプ。土台の鶏がらに支えられつつ、かつお節と昆布のだしがふんわりと漂う。うまみたっぷりの有明初摘み海苔(のり)がまたいい味をだしている。別皿の白ネギも添えて、若干縮れた麺と一緒にすすり上げるとそばのようだ。「醤油そば」というネーミングの由来がよく分かる。
「ずっと醤油ラーメンがやりたかった。ようやくできた一杯なんです」。店主の牧尾誠さん(52)はそう語る。市内で人気居酒屋「ゆるり」を長年営み、ラーメン好きでその研究を続けてきた牧尾さん。この一杯にたどり着き、2年前に福岡市南区でラーメン専門店「もやい」を開業した。
鹿児島県阿久根市の出身。18歳で福岡市に出てきて、知人がオープンした市内の居酒屋「すいか」で働いた。その後も国内外の飲食店で経験を積む。ロサンゼルスでは博多ラーメンを出す「新選組グループ」で働いたこともあった。ちなみにこのグループは、同郷の鹿児島・徳之島出身の重田光康さんが創業者である。
「ゆるり」を開いて独立したのは30歳の頃だ。最初は居酒屋メニューが中心だったが、ラーメンにも挑戦した。博多では珍しい醤油ベースの中華そばを出す「鈴木商店」(2018年に閉店)の鈴木憲一さんに教わり、鶏だし中華そばをメニュー化。締めの一杯として人気となっていた。
居酒屋は順調で、10年ほど前に東京進出も果たした。そこで醤油ベースの中華そばを出す計画でいたが、断念する。「老舗で醤油ラーメンを食べたらレベルが違った。一発目で『うまいな』となる。スープも、香りも違ったんです」
ゆるりをやりながら、ブラッシュアップを続けた。鈴木商店から譲り受けた製麺機で、教えてもらったレシピ通りの麺をつくった。親戚が地元で営んでいた町中華で出された中華そばも頭の中にあった。「だし」にこだわるのは、母親がつくってくれたみそ汁があったからだ。「子どもの頃、かつお節削りの手伝いをしていました」。そのかつお節は枕崎産。ほかにも「さつま知覧どり」など古里の食材を使う。
一方、醤油は千葉、長野産のものでキリッと感を出した。「居酒屋の片手間でラーメンをやるのは難しいから」と専門店を開いた。
「もやい」の厨房に立つ牧尾誠さん
「もやい」という店名は、鹿児島の詩人、岡田哲也さんが付けてくれた。もともとは「船をつなぐ」などの意だが、岡田さんによると「心と心を結ぶ」「一緒に」などの意味でも使うという。岡田さんと親しくしていた詩人の故・石牟礼道子さんも「もやいで食べましょう」(一緒に食べましょう)などと話していたそうだ。
古里の味と人、そして麺の先輩…。「醤油そば」は、さまざまなつながりによってできあがった。今後は、この「もやい」の一杯を軸に、人と人とを結んでいくのであろう。
文・写真小川祥平
1977年生まれ。記者、編集者。
3月に新刊「ラーメン記者 九州をすする!替え玉編」を刊行。
「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回、ラーメンと音楽を語っている。
X(旧ツイッター)は@figment2K