「恵美うどん」
福岡市中央区薬院3-7-15
11:00〜21:00(木曜定休)
◎ごぼう天うどん550円 ◎とりおろしうどん650円
昆布や節が効いたスメは博多うどんらしい優しい味わい。ただ、麺はらしくない。透き通るような薄さが印象的で、口に運ぶとつるりとした舌触り。柔らかさがありつつ、最後はぐにゅっと引きもある。讃岐うどんっぽくもあるがちょっと違う。
店の創業は昭和30年代後半。喫茶「エミ」から始まった。当時は喫茶ブームで客が絶えない。店主の梶原恵美さん(故人)が「体が持たん。歳を取ってもできる店を」と業種替えを考え、昭和44年に「恵美うどん」として再出発した。「麺は仕入れ、スメの作り方は薬院のそば店『まさや』から習いました」。梶原さんの甥で現店主、一ノ宮聡さん(43)は教えてくれた。
細々と営業していたある日、高校3年生だった一ノ宮さんは梶原さんから言われた。「うどんをやらん?手打ち麺があったら最高でしょ」。知人の紹介で向かった先は香川。2年間、讃岐うどん店で修行した。
満を持して戻ったが、現実は厳しかった。麺は太く、ゆで時間は20分以上かかる。「コシが強すぎ」「はよ出して」。怒って帰る客もいた。梶原さんや一緒に働く母親とはいつも喧嘩になる。でも一ノ宮さんは折れない。「茹で置きをするくらいならやめる」。最初の10年は全く売れなかった。
転機はあるコラムだった。そこには終戦間際まで天神で営業したゴボ天発祥の店「乙ちゃんうどん」にまつわる話があった。その店がゆがきたてを出すために細麺にしていたことを知る。「これだって思いました」。以来、徐々に麺を薄くしていく。私が初めて食べたのは15年ほど前。その頃には既に麺は平べったかった。今では5〜7分で茹で上がるといい、いつも多くの客で賑わう。
博多、讃岐。物事を伝える時、ジャンル分けすれば分かりやすい。しかし、このうどんを食べるとジャンルなどどうでもよくなる。「うどんは土地柄だけでなく人柄も出る。恵美うどんでいいっちゃないですか」。一ノ宮さんはそう言って笑った。
ラーメン、うどん、そば。日ごろ何げなく食べている一杯の裏側には物語がある。今号から始まる『福岡「麺」人生』では、その隠れた歴史をひもといていく。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社文化部記者として文芸取材を担当。
麺好きが高じて「ラーメン記者、九州をすする!」を出版。