「釜揚げ 牧のうどん 加布里本店」
福岡県糸島市神在1334-1 9:00~24:00(第3水曜定休)
◎素うどん310円 ◎ごぼう天うどん410円
水で締められていない釜揚げうどんはダシを吸い、もっちりした麺は時間と共に表情を変える。やかんに入った替えスープはお代わり自由。時折、継ぎ足しながら一心不乱にすする。『牧のうどん』の一杯は、「食べている」という感覚が心地良い。
その歴史は、畑中俊弘社長(55)の祖父、夘右ヱ門さんが戦後に始めた「畑中製麺所」までさかのぼる。中国から前原町(現糸島市)に引き揚げた夘右ヱ門さんは、自宅の水車で農家から預かった小麦を挽き、手数料として小麦粉の一部をもらって麺作りを開始し、製麺所を立ち上げた。
昭和48年、畑中社長の父で2代目の立木さん(2009年に82歳で死去)が創業するのだが、そのきっかけも面白い。「うどんは湯がきたてが一番うまいんだ」。毎日のように丼を持ってくる駐在所の警官のそんな言葉に動かされたというのだ。それは製麺業においては常識だったにもかかわらず、周りにはほとんどなかったため、近くの国道沿いに自ら店をオープン。店名は製麺所の地区名「牧」から取った。
「最初は試行錯誤したみたいですよ」。そう語るのは古参の従業員で常務の袈裟丸治さん(65)。博多の一般的なうどんは湯がいた後に一旦締めて提供前に再度茹でる。一方、釜揚げは茹で置きができない。茹で時間は普通麺で30分。客の入りを見込まないといけないため作り手の経験も必要になる。硬、普通、柔麺を茹で分ける釜を考案するなど、ロスを減らす工夫をこらしてきた。
創業以来、麺生地は製麺所、ダシは本店で作っている。袈裟丸さんに本店作業場を見せてもらった。壁には「スープは牧のうどんの要である」の張り紙。1日1万食をまかなう作業場はクレーンがあったりとちょっとした工場のよう。鰹、サバ節も使うが圧巻は昆布の量。月に約3トンの利尻昆布を惜しげもなく使うという。
今や福岡、佐賀、長崎に計18店舗を展開するチェーン店。とはいえ「車で1時間半」という範囲に出店を限っている。各店長は本店に出勤し、麺とスープを車に載せて自分の店に運ぶ。「揺れるとスープが劣化しますから1時間半です」と袈裟丸さん。そのこだわりこそが各地でファンを根付かせる理由かもしれない。
「うどん店のスーパーでありたい」。立木さんの口癖だった。確かに安くて腹も満たせる。庶民の一杯でありつつ、何よりもの魅力は「牧のうどん」としか言い表しようのない唯一無二の味である。
今でも週5日厨房でうどん作りをする袈裟丸治さん
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社文化部記者として文芸取材を担当。
麺好きが高じて「ラーメン記者、九州をすする!」を出版。