「南京ラーメン 黒門」
北九州市若松区青葉台南3-1-5
午前11時~午後3時(売り切れ終了) 月曜、第4火曜定休
ラーメン700円、おにぎり50円
「一番おすすめの店はどこですか」。そんな質問をよく投げかけられるが、答えは一択。「黒門」と決まっている。すると「どこにあるんですか」とくるから、「北九州の若松。車でしか行けませんよ」と返す。この時点で9割方は「福岡市内では?」と話の流れを変えてくる。でも実際に行く人もいて、その感想は間違いなくこうだ。
「おいしかった~」
「決して良い場所ではないですからね」と店主の川内久門さん(64)も認める。若松といっても、中心部でも、駅近くでもない。遠賀川に近い住宅街の一角。しかも、大通りから一本入ったところだから「偶然立ち寄る」というようなことはないだろう。
未明からこの厨房で過ごす川内久門さん
店自体は平成15年に福岡県遠賀町で始まった。当時も住宅地にあったが、駐車場がなかったため4年前に今の場所に移っている。
「こっちも立地はよくないけど駐車場があったから。自分の腕に自信を持てた時期だったから場所は関係ないと思ってね」。その見通しは間違っていなかった。移転後も人気は衰えない。それどころか増していった。
店内に入ると1枚の写真が飾ってあるのに気付く。そこには、かつて北九州八幡東区にあった名店「黒木」の大将黒木政徳さん(故人)の姿が収まっている。昭和30年に屋台から始まった黒木は、通称「南京ラーメン」として多くのファンに支持されてきた。
地元出身の川内さんもその一人。中学生時代から通い、年間500杯を食べるほどの「ラーメンフリーク」としてならしたサラリーマン時代は朝昼晩食べたこともあった。「ずっと食べていたい」。そんな思いを抱きつつ、高齢の黒木さんに後継者がいないことも知っていた。ある日、思い切ってぶつけてみた。
「作り方を教えてほしい」
最初は断られたが諦めなかった。食べに行くたびにお願いした。何十回目だろうか。黒木さんも根負けしたのか、仕込みを見ることを許してくれた。
とはいえ逐一教えてはくれない。「とにかく見て覚えろですよ」。仕事の傍ら、朝早く店に行き、骨の下ごしらえ、火加減、所作までを頭にたたき込んだ。水の量を知るために同じバケツを買ったこともある。そんな生活を続けること2年半、ようやく自分の店を持つ。屋号は「南京ラーメン 黒門」。その誕生を見届けた翌年、黒木はのれんをおろしている。
営業時間こそ昼の4時間のみだが、毎日午前2時半から仕込みは始まる。ベースは黒木。マイナーチェンジは今も続き、2週間前にも水の量を変えた。
創業して丸20年。自身も年を重ねたが、黒木と同様に後継者はいない。習おうとやって来る人もいるが続かないのだという。「夜中に仕込みを見にくる人はいない。自分なら夜中でも行きますけどね」
黒木から伝わる一杯は、滋味でありながら重層的な豚骨だしが舌を楽しませてくれる。味付け最小限のチャーシュー。こまかく刻んだアサツキ、細くそろえられたシナチク。根切りされたモヤシ。具材も隙がなく、繊細な味を崩さない。そして食感豊かにゆでられた麺が合う。これからも一番おすすめの店であり続けるのだろう。
「わが命を削っていますからね」と川内さん。その言葉、本当に分かる。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版グループ勤務。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。
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