着任したころの福岡はマンションブームの入口だった。毎日毎日、マンション広告のコピーを書いていた。名門進学校区であれば、「九大につながる町」と書き、クリニックの多い町であれば、「急な病いも怖くない」と書き、駅やバス停に近ければ、「駅まで3分、スキップ1分」と書き、利便施設が多ければ、「隣がスーパー、こりゃ便利」と書く。公園が近ければ、「一歩出れば散歩コース」と書き、高級住宅地であれば、「邸宅街のマンション」と書く。近くに地下鉄の駅ができるとなれば、「住宅価値の上がる町」と書く。一点の長所をフィーチャーしてキャッチフレーズを作り上げていた。ちょうど団塊世代の結婚ラッシュで即日完売が続いた。中には抽選物まで出て、日本中のニュー・ファミリー達が購入していった。売れ筋は70平米台の3LDKが主力だった。
マンションのコピーに倦んでいた頃、インスタント・コーヒー「ベスタ」のCMが来た。中高年夫婦はサイホンやカリタで豆からひいて飲むだろう。よって狙いは若い新婚夫婦と考えた。人は無名の商品には手を出さない。まず知名度を上げなくてはならない。作戦としては商品連呼CMであるが、人は連呼CMを嫌う。芸がないからだし、耳障りでもある。同じ連呼でも音楽に乗せれば嫌味は薄れる。音楽に載せて、知名度を上げようと考えた。
まず作詞である。コーヒーの宣伝であるから、喫茶店で詞作しようと、天神のエルベという喫茶店の奥の席に日永籠った。紫煙をくゆらせながら、新婚夫婦の朝をイメージする。NHKテレビ「私の秘密」で有名な藤浦洸の作詞で、服部良一が作曲した「一杯のコーヒーから」を模範としながらも、そのモダンな巧さに打ちのめされて筆が運ばない。
駄作を何本か書いて、社内の女性にアドバイスを求めた。彼女曰く、「曲想が重く、はつらつさが足りない」と指摘された。私は演歌が好きなせいか、自然に男女のウェットな世界に筆が走るのだった。再度、5本くらい作詞した中から、平易な言葉で、肩の力、心の想いが抜けたふつうの詞がやっと彼女の眼鏡に叶った。
♪愛しているならベスタ
二人は幸せベスタ
コーヒーの香りの中で
あなたと私とベスタ♪
一応、3番まで作ろうと、3行目まではリフレインで、4行目を「朝からほがらかベスタ」「さわやかスマイルベスタ」とした。作曲を当時世に出始めていた瀬尾一三氏に、シンガーを新人の大橋純子さんに依頼した。
東京の麻布のスタジオで録音したのだが、大橋さんはとっても小柄で体の細い女性だったが、リハーサルでの声量と声の伸びと、声質の清明さに驚かされた。これが北海道の声かと感動したことを覚えている。彼女はその後「たそがれマイ・ラブ」「シルエット・ロマンス」が大ヒットし、スターダムに昇って行った。
中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
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やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita