こちのお庭に
御井戸を掘れば
水は若水(わかみず)金がわく
「博多祝い唄」の三番だがさて、歌詞の「若水」について考えてみたい。
波多江五兵衛著『冠婚葬祭博多のしきたり ※1』に、博多の正月が書かれている。
「博多では除夜の鐘を聞くと『若水』を汲みます。この若水で元旦の洗面をしたり、ぞうに、大福茶(だいふくちゃ)※2といろいろに使います…」
元旦の水を若水とよぶことは、子どものころ親に教わった。でも、なぜ若水というのかがわからない。疑問のまま大人になってしまった。右の本でもそれはわからない。若水は博多限定のことばだとおもっていたから辞書は念頭になかったけれど、はじめて辞書を引いた。ところが電子辞書 ※3には若水が項目にあるじゃん。わあ、全国的なことばなんだ。わ~い、謎がやっと解けるぞ!
若水…①元旦に初めて汲む水、1年の邪気を除く。若水で年神(としがみ)※4への供え物や家族の食べものをととのえる。新年の季語。②昔、宮中で立春の日に主水司(しゅすいし)※5から天皇にたてまつった水、というふうにいくつもの辞書で説明されている。
そうすると、②立春の若水が、なぜ①元旦の若水に移行したのか、また疑問になるじゃん。答えは百科事典のブリタニカにあった。平安時代は「立春正月」だったそうだ。立春の項目を読むと、「陰暦を使用していた頃は、春と新年がかなり近かった」という。そういえば八十八夜は立春から数えるんだ、と茶舗の主人に聞いたことがある。理由は昔は立春から ※6 年が改まっていたからなんだ。
角川俳句大歳時記による若水の説明は、波多江本よりすこし詳しい。「除夜の鐘が鳴ると、選ばれた年男が恵方(えほう)の井戸」や、「川の水」から若水を汲んだ ※7、とかいている。さらに、若水と同じ季語として、井華水(せいかすい)・初水(はつみず)・福水(ふくみず)・一番水(いちばん みず)などがあげられている。
その井華水のことが、桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の著書『茶湯一会集(ちゃのゆいちえしゅう)※8』にもかかれている。「(茶会の)当日の暁、新たに水を汲み、釜へ七、八分目入れて仕懸(しか)け、水屋瓶(みずやかめ)、水指(みずさし)、水次(みずつぎ)、皆々水を改め入れる ※9、これを井華水 ※10と云(い)う」とある。そして井華水の脚注に、「わかみず。鳥の渡らぬ前の暁の水」とある。なるほど、鳥によっては目を覚ますと水浴びをする。だから、合理的にいうと、もっとも澄んだ水は鳥の起床前の水、ということか。
若水の説明でこれがいちばん腑に落ちた。
※1 冠婚葬祭博多のしきたり…西日本新聞社・昭和49年刊。
※2 大福茶…博多ではだいふくちゃ。辞書類では、おおぶくちゃ【大服茶・大福茶】元旦に若水の湯に梅干しや黒豆・山椒などを入れて飲む茶。その年の邪気を払うという。大服は茶や薬を一度にたっぷり飲むこと、などの説明がある。
※3 電子辞書…所持するカシオEX︲wordで若水を引くと辞書類15種が表示される。
※4 年神…①正月に家々に迎え祭る神。豊作の神、祖霊とも。②歳徳神。陰陽道でその年の福徳を司る神。この神のいる方角が恵方。丸い恵方棚を天井から下げ、恵方に向けて護符を置く風習がある。
※5 主水司…訓⇨もいとりのつかさ。
※6 立春から…旧暦で年内12月に立春があると年内立春。新年1月の立春は新年立春。1月1日が立春の場合は朔旦立春とよぶ。旧暦1日は必ず朔(新月)だが立春は朔と関係ない。(wikiより)。
※7 若水を汲んだ…新年を迎えて水も若返り…生命を更新する願いが込められていたのだろう、という推測の説明もある。
※8 茶湯一会集…引用は井伊直弼著・戸田勝久校註『茶湯一会集・閑夜茶話』岩波文庫。
※9 改め入れる…水指、水次、建水は前日から水をはる。当日、若水に入れ替えるので改め入れるという。埃がつくのを防ぐためか。前日と当日の容器がちがうのが不思議。
※10 井華水…広辞苑の説明は、茶の湯のために暁、寅の刻(午前4時頃)に汲む水。原色茶道大辞典は一会集の脚注と同じ。
長谷川法世=絵・文
illustration/text:Hohsei Hasegawa