「魁龍」
福岡市博多区東那珂2-4-31
午前11時半~午後9時 元日のみ休み
ラーメン670円
バリカタ! カタメン! 福岡のラーメン屋で、そんなかけ声が飛び交う風景によく出くわす。店が思うベストは普通麺では? 小麦粉はちゃんと茹でたほうがおいしいでしょ! 好みといえばそれまでだが、あまり理解されないもどかしさをいつも感じている。
今回紹介する福岡市博多区の「魁龍」は、そんなボクのような少数派の溜飲を下げてくれる店である。
「よかったら『ずんだれ』食べてみてください」
店に伺うと大将の森山日出一さん(61)がいつものように客に声をかけていた。「ずんだれ」とは「やわ麺」のこと。客が迷っていると、さらに「伸びた麺と違います。一番おいしい状態ですよ」とたたみかける。ここまで伝えればなびく客も多い。こだわりの理由を聞くと「うま味が違うでしょ。しかもうちは久留米ラーメンなので」
スープをかき混ぜる森山日出一さん
店は平成4年に北九州で創業し、平成13年に博多に進出した。なぜ久留米なのか、を説明するには父親の代まで遡らないといけない。
森山さんの父、定男さんは、福岡県久留米市にあった「幸陽軒」(現在の丸幸ラーメンセンター)で昭和27年の創業時からラーメンづくりに携わった。その後「珍宝軒」という屋台を引いたが、森山さんはその父の姿を知らない。というのは森山さんの母との結婚条件に「ラーメン稼業をやめること」があったからだ。
サラリーマンとなった父のもと、久留米で育ち、北九州に移った。高校卒業後は飲食の道へ。25歳で独立すると経営の才覚を発揮し、一時は北九州でショーパブなど15軒を営んだ。
ただ、家庭を顧みない生活に「自分自身がだめになる」と感じていた。30歳すぎで人生をやり直そうと決意。そこで選んだのが「一番好きな食べ物」のラーメンだった。
思い描いたのは子どもの頃食べていた久留米の味。定男さんのつてで作り方を習った。時折、父親が見に来る。しかし森山さんは「俺のラーメン」と意地を張る。毎回けんかになったが「帰った後、アドバイスに従うと確かに良くなるんです」。定男さんは息子の再出発を見届けるように創業の3カ月後に亡くなった。「親父のおかげでラーメンがある」。だから久留米にこだわるのだ。
スープを継ぎ足す久留米の「呼び戻し」製法でつくる濃厚ラーメンは人気を呼び、博多進出と同時に新横浜ラーメン博物館にも出店した。「久留米ラーメンじゃ分からない」と生まれたのが「どトンコツ」というキャッチコピーだった。
一時は多店舗展開した時期もあった。しかし「呼び戻しのスープは手間暇かかるから、目が届かなくなる」。10年ほど前に北九州の創業店を弟に譲り、今は博多本店のみに注力する。
「ラー博まで行ってもったいないと言われる。でもそれが僕の性分。商売人にはなれない。職人だから」
最後にラーメンを注文した。勿論「ずんだれ」で。
茶褐色のスープは見た目にたがわずかなりの濃度。麺はしなやかで、もっちりと茹でられていてどトンコツとよく合う。まさに「柔よく剛を制す」を体現するかのような一杯だった。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。