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福岡麺人生35杯目・古くて新しい四川の味 巴蜀(はしょく)

福岡麺人生35杯目・古くて新しい四川の味 巴蜀(はしょく)


「巴蜀」
福岡市博多区美野島2-3-14
午前11時半~午後2時、午後6時~午後9時 日祝定休
本物のタンタンメン1,200円

 外食をするときには、頭の中に具体的なメニューを思い描いて行く場合が多い。今日は濃厚な豚骨ラーメンが食べたいとか、やわ麺の博多うどんの気分とか…。そういう意味で言えば『巴蜀』(福岡市博多区)は例外の店だ。食べたことがないメニューにひかれ、頼めば驚きがある。「あの料理がこんな風になるんだ」。思い描けないものを求めて通っている気がする。

 例えば担々麺。一般的なイメージだと、芝麻醤(ゴマペースト)、肉味噌になみなみと注がれるスープだろうか。でも『巴蜀』の一杯は、麺が少し浸る程度しかスープはない。汁なしが特に珍しい訳ではないが、やはり他とは違う。上に載るのはごろごろとした肉そぼろと青菜のみ。中華麺ではなく、かん水抜きの細麺が合わさる。

 配膳されると一心不乱に混ぜる。この作業をしている時からおいしい。芝麻醤がないからか、調味料の辛み、シビれ、風味がダイレクトにくる。肉そぼろからは噛むたびにうま味が染み出す。

 店主の荻野亮平さん(41)によると、目指すのは1980年~2000年にかけての四川料理の再現だという。「家庭的な味が、普通の値段で出されていた最も豊かだった時代。経済発展を遂げた今は創作が加えられ、価格も上がってしまった」。だからその時代なのだ。

担々麺を作る荻野亮平さん

 原点は中学、高校生の頃にある。親に連れられ中国を旅した。未知の食材に味付け。「正直おいしいとは思えないものもあった。でもそれを中国人はおいしいと感じる。そんな世界があるのかと驚いた」と振り返る。

 辻調理師専門学校を経て、東京の有名四川料理店で学んだ。そこで中国留学経験がある同僚から「現地の料理は日本と違う」と言われて心動かされた。思い立ったら行動は早い。四川省成都市に渡り、1年間中国語を学びながら中華料理を食べ歩いた。帰国後は北九州にあるレストランで台湾人料理長のもと5年間修業。平成19年、博多区東月隈で『巴蜀』を創業し、4年前に現在の場所に移っている。

 「自分がではなく、中国人が食べておいしいものを出したい。たとえば中国料理はギリギリまで塩味を付ける。素材のままという和食とは対極の世界です」。学究肌の料理人という言葉が似合う。毎年のように中国に行き、勉強を続ける。その傍ら、中国語で書かれた古い文献、レシピを渉猟し、料理の変遷も研究してきた。

 担々麺は19世紀中頃から食べられはじめたとされ、成都や重慶でそれぞれ発展を遂げた。日本の担々麺は重慶の流れにあるが、店で出すのは1950年代以降に成都で食べられているものをイメージしている。麺以外にも「80年前の麻婆豆腐」、「100年前の回鍋肉」など魅惑的なメニューが並ぶ。

 「歴史、文化も含めて料理と思っています。昔の方に遡って伝統的な物を提供したいんです」

 新しいものを求める姿勢のみが前進ではない。過去に向かうこともまた、新たなものに繋がるのだ。

文・写真 小川祥平

1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。

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