「ラーメン黒羽」
11:00〜15:30、17:30〜24:00(日祝は11:00〜22:30)不定休
◎ラーメン550円、半チャーハンセット750円。ランチ時は各50円引き。
前回に引き続き「におい」の話をしたい。「すごい良いにおいのラーメン屋が高宮にできた」。味の好みが似ている友人からそう聞いたのは1年半近く前のことだったろうか。数日後には教えられた『ラーメン黒羽』に向かっていた。
場所は高宮駅のそば。店に近づくにつれて、なんともいえない獣臭が漂って、思わず笑みがこぼれたのを思い出す。カウンターのみの店内でラーメンを注文した。一口すすると豚骨臭が鼻を抜けていく。元ダレ、脂がうまく効いてにおいを増幅させるタイプだ。「これこれ」と口に含む。次は麺と一緒に、その次はスープとともに。気付けば完食していた。
誤解されがちだけれど、このにおいの強さは豚骨の濃厚さとイコールではない。近頃よくある泡ブクブクのスープでもなければ、丼の底に骨粉がいっぱい溜まってるわけでもない。「なぜこのにおいになるのか実は分からない。くさくなる要素は除いているはずですけどね」。店主の田栗健治さん(58)はそう話す。
主に使うのはげんこつと頭骨。血や汚れは丁寧に洗い流す。下茹でしてアクもすくう。寸胴は骨ごとに別々にし、火加減は中火に抑える。げんこつスープを頭骨の寸胴に継ぎ足していき、ダシが弱まると新しい骨を追加する。そして、骨をかき混ぜることはあまりしない。
「屋台の頃からラーメンはにおいのあるものだったから」。田栗さんは学生時代を皮切りに20代の大半を中洲の屋台で働いた。その後は別の屋台を含めて飲食を中心に職を転々とした。50代に差し掛かる頃、ふと思った。「死ぬまでに1度自分のラーメン屋で勝負したい」
偶然にもその頃、田栗さんの釣り仲間が博多区住吉でラーメン店『桜蔵』をオープンした。まさに渡りに船だ。2年ほど勤め今の基本となるラーメン作りを身につけると、平成29年5月に高宮に店を構えた。
桜蔵のラーメンは、黒羽よりあっさりながら芯には同じにおいが感じられる。店主の小山利彦さんは「田栗さんから『なぜこのにおいに』と尋ねられたことがあるけど、自然にそうなるとしか答えられなかった」と笑う。その小山さん。味の基本は独学だが、かつて天神にあった『葱一』で働いたこともあるという。葱一といえば、これまた「におい」が際立っていた店だった。
黒羽の一杯は好みが分かれると思う。「このタイプのラーメンを出せる勇気がありますね」と言ってきた同業者もいるという。一方でハマった人はなかなか抜け出せない。常連客が多いのはその証左かもしれない。
私は勿論ハマった口である。いつも満足して店を出る。帰路、口の周りから漂う豚骨臭の余韻に浸りつつ、時折笑みがこぼれる。
スープの手入れをする田栗健治さん
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社文化部記者。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。KBCラジオ「川上政行 朝からしゃべりずき!」内コーナーで毎月第1月曜にラーメンを語っている。