「あま太郎」
福岡市中央区天神2-11-3 ソラリアステージ地下2階
11:00~22:00 元日のみ休み
ひやしちんめん 748円、ホットちんめん 693円
昭和の終わり頃、通学で西鉄福岡駅のバスセンターを利用していた。ターミナルは一階で、その地下にあった『味のタウン』は寄り道コースだった。 牛丼、カレー、うどん屋によく行った。寿司屋は手が出なかった。『あま太郎』もあり、名物の麺料理『ちんめん』を初めて食べた。
「一番売れたのは昭和50~60年くらいですかね。昼はランチ客、その後は女子高生で一杯でしたよ」。御年93歳になる代表、笠井静子さんはそう振り返る。ちんめんだけでなく、ぜんざいなどの甘味も出していた。ファーストフードがまだ少ない時代。高校生のたまり場になるのもうなずけた。
店の前に立つ笠井静子さん、一恵さん
ところで麺と甘味がなぜ一緒に?笠井さんに聞くと、70年以上昔の話からひもとき始めた。
笠井さんと夫の龍太郎さん(故人)はともに朝鮮半島からの引き揚げ者。龍太郎さんは戦後、渡辺通のヤミ市で洋服店を始め、昭和24年にできた西鉄商店街に移った。そこで西鉄との縁を得たことが大きかった。昭和36年、福岡駅の高架化に伴って味のタウンが開業。その場所で『あま太郎』を創業した。ちなみに開業式典では西鉄投手の稲尾和久さんがテープカットをしたそうだ。
「最初は甘味だけ。でも売れなくてね」と笠井さん。すぐに新メニューを考えた。イメージしたのは2人が大陸で食べた冷麺。トッピングは冷やし中華を参考にした。冷たい鶏ガラスープに麺を入れる。ラーメンでも、うどんでも、そばでもない。珍しい麺だから『ちんめん』とした。
1杯60円。初日の売り上げは3万円だったというからかなりの売れ行きだ。以降は怒濤の勢い。洋服店の傍ら、香椎や二日市などにあま太郎の支店を出した。昭和45年に味噌ラーメン店「博多川端どさんこ」を創業したのも龍太郎さん。その後、親戚に譲って盛業中である。
街は移り変わる。福岡駅の再開発で平成4年に一時休業を余儀なくされ、支店はすべて独立させた。天神で再開したのは平成11年。ソラリアステージの専門店街に入居した。「昔来ていたお客さんが涙を流してくれた。あま太郎を続けて本当に良かった」。そう語る笠井さんは今、一線から退き、義理の娘一恵さん(62)に店を任せている。以来、自家製麺に変え、無添加、塩分も減らすなど時代の流れも意識している。
配膳されたちんめんは、錦糸玉子、ハム、キュウリ。加えてキャベツが載るのは「冬場はキュウリがなくて、代用していた昔の名残」だそうだ。ほんのり酸味の効いた鶏ガラスープに合わさる玉子麺はかなりのコシ。ルーツの韓国冷麺を彷彿とさせた。
ビブレ、天神コアがなくなった。天神は今も再開発のまっただ中。その一方で『ちんめん』は時を経ながら「珍しい」ではなく、「定番の味」として続いている。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。