世は万華鏡82・「探しています」の貼り紙
自宅近くのコンビニに「探しています」の貼り紙があった。思わず目を凝らすと、女性の顔写真、お名前、失踪時の服装などが詳しく記されている。女性は77歳。昨年11月、介護施設を出たまま行方が分からなくなった、という。
数年前の冬の日、ジョギング中に高齢の女性とすれ違い、表情や様子に異変を感じた。とても寒いのにパジャマの上は薄手のカーディガンだけ。素足にサンダル。明らかに道に迷って徘徊している。
「おばあちゃん、家はどこ?」。いくら訊ねても「分からん」と繰り返すばかり。服装から判断して、そう遠くから来たのではなさそうだったので、とりあえず目の前の介護施設にお連れした。
手慣れたスタッフが優しい口調で名前を聞きだし、施設のすぐ近くに住む方と判明。しばらして家族が駆けつけてこられた。「どこに行っとったとね。心配しとったとよ」。同居の娘さんが涙ながらに背中をさする光景が印象的だった。
手元に次のような新聞記事がある。
「平成30年中に認知症か、その疑いが原因で行方不明になり、警察に届け出があったのは、前年比1064人増の1万6927人。統計を取り始めた24年以降、毎年増え続け、過去最多を更新している」
在宅生活をしている認知症高齢者を家族が常時、見守り続けるのは不可能に近い。留守にする時には一人で外に出ないように外からカギをかけ、閉じ込めておく以外にない。しかし、これは一種の身体拘束でもある。
介護施設でも同じ問題を抱える。6年前、福岡県新宮町で、認知症の女性が通所先のデイサービスセンターから抜け出し、3日後に遺体で見つかった。施設側の責任として家族が提訴。福岡地裁は施設の過失を認め、2870万円の支払いを命じた。
こうした判決が出ると、施設によっては事故のリスクを恐れ、外へ出たがる認知症高齢者を受け入れないところが出てくる。こうなると新たな介護問題にもなる。
さて、冒頭の77歳女性だが、2月上旬、介護施設からほど近い用水路で発見・収容された。失踪から3カ月余が過ぎての悲報。懸命の捜索にもかかわらず見つけられなかったのは、発見場所が死角になっていたためらしい。ご家族や関係者のご心痛はいかばかりだったろう。今はご冥福を祈るばかりである
(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)
馬場周一郎=文
text:Shuichiro Baba
幸尾螢水=イラスト
illustration:Keisui Koo