ここに来るといつも迷ってしまう。柳橋連合市場横にある「めん処三喜」。ちゃんぽんと決めてもうどんを注文したり、うどんにするつもりがラーメンになったり。思わずセットの丼物をつけてしまうことも…。
「お客さんにおすすめとか聞かれるけど、こっちも迷いますよ」。切り盛りする三木勝一さん(59)、規子さん(60)夫婦はそう言って笑う。取材した日もうどん気分で臨んだものの、何も知らない勝一さんは「ちゃんぽん作ろうか?」。その言葉に最初の思いはどこへやら。逡巡もせず「お願いします」と答えていた。
三木勝一さんは異なるメニューを手際よく作る
「目分量だからね」と勝一さんは野菜をフライパンに投入し、手際よく炒めていく。うどん用のだしスープを投入して「和風ちゃんぽん」のできあがりだ。大ぶりの丼から湯気が立ち上る。あっさりしたスープに野菜の甘みが溶け込む。ちゃんぽん麺とともにワシワシとほおばり続けるとあっという間に完食していた。
ちゃんぽんも、ラーメンも動物系のスープではなく、すべて和だしのみで作る。その共通点が迷う理由の一つかもしれない。
店のルーツは戦前にさかのぼる。規子さんの祖父、定次郎さん(故人)が創業者。香川で生まれ、16歳で博多に渡り、屋台、製麺、食堂を手掛けた。戦中は疎開し、戦後になり現在の店舗横に「三木製麺所」を構えている。今も隣接する製麺所では勝一さんが未明から作業し、提供するうどん、ちゃんぽん、ラーメンの麺をすべて作っている。
三喜を併設したのは規子さんの両親、喜代照さん(85)と澄子さん(87)の時代。当時一番の卸先だった「英ちゃんうどん」が自家製麺に切り替えたことも理由だが、それだけではないようだ。 「母は戦前やってたような食堂をしたかったみたい。だしのレシピも祖母から受け継いでいましたし」と規子さん。「和風ちゃんぽん」は家庭の味だった。取引先のラーメン屋台からのアドバイスを受け「和風らぁめん」を考案した。朝から営業し、ご飯、味噌汁といった朝食メニューも加えた。
場所柄、市場関係者が主要客と思いきや、開店してからずっとサラリーマンが一番多い。朝8時オープンのはずが、7時半に常連客が来るので前倒すというのも微笑ましい。結婚後、会社員をやめてうどんの世界に飛び込んだ勝一さんは「ここに来た以上、あきらめないかん」と冗談めかす。それを聞いた規子さんは「よう動いてくれてます」と感謝する。
低価格、ボリューム十分で味もいい。何より地域に溶け込むさまは理想的な食堂である。ここに来ると迷いなくそう思える。
「めん処三喜」
福岡市中央区春吉1-7-1
8:00~17:00、日祝定休。
ごぼう天うどん450円、和風ちゃんぽん630円、和風らぁめん450円
文・写真小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。