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ハットをかざして 第68話

ハットをかざして 第68話

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


麻雀無頼II

一週間後、仕返しに新宿へ行った。

はたして彼ら二人は居た。雀ボーイ相手に打っている。精悍な方が気づき、「お、セイガク」と云った。限のついたところで、ボーイ二人は席を空けた。

「今日は何うする?」と精悍が問う。蒼白い方は何も言わない。

「今日は完先とブーマンの中間で、アリアリで何うですか」と先輩のNが云う。

「いいよ、じゃあ喰いピンは無しでいいが、喰いタンはありでいいよな」と押さえ込まれる。

レートも前回と同じで折り合った。雀ボーイ二人が僕らの後方に陣取っている。壁役(スパイ)をやっているかも知れない。なるべく牌を伏せて、見せぬようにして打つ。蒼白いのが洗牌の時、両の腕を無限大(∞)記号のように交差させて混ぜる。積込む時の腕の動きである。元禄で積んでいるようだ。精悍は別に小細工はやっていないように見える。こちらは爆弾積みで勝負するが、賽の目が思うように出ない。場替えで、私とNが対面になった。Nが親で私が西家、西の目「7」は確率からして最も出やすい。1と6、2と5、3と4と三通りある。きれいに大三元を仕込めたが、賽の目が出なかった。アリアリのルールも、ブーマンまではいかないにしても忙しい。役造りよりも早い上がりにかける。こちらは完先の癖が付いているから、どうしても役造りに走ってしまう。10時くらいで、二人とも持ち金が底をついた。半荘キャッシュなのでそこで投了した。

帰ろうとしていると、精悍が一杯おごるという。付いていくと、新宿コマ劇場横の飲食ビルの9階にエレベーターで上がった。クラブ「L」と云う高級な店で、フロアーの真ん中のソファーに陣取った。着物のママがすぐに挨拶に来て、精悍の耳元に何か囁いた。

ボーイにロングコードの電話機を運ばせた。

「うん、なんか元気のいいのが暴れて、金を払わずに出たらしんだ。二人組、二十七、八くらい、二人とも五分刈り、一人は赤のシャツに白黒の千鳥格子のブレザー。うん、一人は額剃りこみ、うん、白の開襟シャツに黒のブレザー。うん、うん、頼むよ」と云って電話を切った。

水割りが出され、チーズとクラッカー、生ハムとキャビア、フルーツと盛りだくさんに出される。学校はどこだと訊かれるから、S大だと答えると、精悍が俺はK大で、こいつはT大だと云う。電話の件は訊いてはいけないと思い黙っていると、「流しの元締めに電話したんだ。流しはいろんな店に入り込むから、チンピラの居場所くらい、すぐに判るさ」と云った。

しばらくすると電話が掛かった。二人は、出かけて来るからゆっくり飲んでいけという。精悍が名刺を出した。「文化放送裏の第五機動隊宿舎そばに事務所がある。遊びに来いよ」と云う。関西の組名が印字されており、東京本部事務所となっていた。どうりでブーマンな筈だ。Nと私は顔を見合わせ、彼らが出かけてから、すぐに「L」を後にした。

以来、あの雀荘には近づかなかった。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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