赤旗の女
日曜日、夜中に降った雨が公園の緑を蘇らせていた。窓の下の神田川も水量が増し、活き活きと流れている。神田川は井の頭の池から始まる。南こうせつの歌にも唄われた神田川、私のアパートの横では川幅3メートルほどの小川でしかなかった。
川の向こうの草原から、二人の若い女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。遠目ながら二人とも美人のように思える。どうせこちとらには縁なきものと、窓の隙間から見つめていると、しばらく視野から消えて、再び私の部屋の前で立ち止まった。消え入るような弱腰のチャイムが鳴る。ドアを開けず、窓越しに顔を出す。
「はい、なにか」
「こんど、こちらへ引っ越されたんですよね」
一人は太田雅子(今の梶芽衣子)似の勝気な顔をしている。一人は西尾三枝子(当時、日活)似の清楚な顔をしている。両者とも真ン中分けのロングヘアーである。そうカルメン・マキの髪型だと思ってほしい。45年程前の流行の髪型である。どちらもマンシングのポロシャツにGパン、白のハイカットのコンバースを履いている。
「赤旗新聞の勧誘をしているのですが、ご興味ありませんか…」
と太田似が云う。
「何新聞をお取りですか…」と西尾似が問う。
私の掌のインコを見つけ、「あら、インコ」と二人声をそろえて驚く。
部屋に上がるように誘うと、二人は躊躇なく上がってきた。太田似が青のインコを掌に載せ、西尾似が黄色のインコを掌に載せた。どちらがオスでどちらがメスかと問われたが、分からないと答えるしかない。鳥の雌雄は分かりずらい。多分、青がオスで、黄色がメスでしょうと答える。青は腹回りが太く貫禄がある。黄色はスリムで華奢だった。二人とも、インコの首の下あたりを上手に撫でている。
女性が部屋に来たのは初めてである。焦げた薬缶で湯を沸かし、リプトンの紅茶を出す。学校は牟礼にある東女の短大だという。東女短には美人は居ないと聞いていたから、少しビックリする。東京新聞を取っていると云うと、どこがいいのかと問う。文化面の充実、書評の力量が他紙と違うと答える。赤旗も充実している、ぜひ購読してくれないかと二人掛かり熱心である。東京新聞を辞めるつもりはないので、二紙を取る余裕は学生の分際では無理だと丁寧にお断りする。それでも両女はめげない、笑顔で押してくる。私はこのままこの二人とご縁が無くなるのも淋しいとも考えていた。心の中を見透かされたか、二人はならばと赤旗日曜版の見本を取り出した。政治経済から芸能まであり、くだけた肩の凝らない編集のように思える。全日版はのがれたが、日曜版という第二波の攻めに陥落し、印鑑を押した。私はこれからの淡い期待を内包して、彼女たちを見送った。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)