T出版の試験が五反田の貸大会議室であった。300人ほどが受験している。
筆記は何処も同じく、一般教養、時事問題、英語で、あとは作文である。
但し、作文にお題が無かった。
試験担当者曰く、「今から1時間、何処へ行かれても結構です。1時間後に戻って、1時間で見てきたことを原稿用紙3枚に纏めてください。」
題がない、テーマもない、只1時間外へ行き、自由に見たことを書けとは、難題である。俳句の吟行みたいなものだ。俳句なら季語がある、題詠もあるかもしれない。
何もない、何もない難しさ、皆はサッと試験会場を出て行った。犬も歩けばとは云うものの、ただ見たことを書いたのでは他者との遜色が付かないだろう。目の付け所を何としよう。
「1時間…1時間…イチジカン……」
枠の無い難しさ、自由の難しさがひしひしと迫る。焦りながら、五反田駅まで来る。ふっと脳裏に小林旭の「恋の山手線」がよぎる、♪ああー恋の山手線〜である。改札の駅員さんに山手線一周は何分か尋ねると、今の時間なら約1時間と云う。よーし、山手線一周で書こうとアイデアを決め、直ぐに飛び乗った。
五反田スタート、他の連中は皆、五反田界隈をウロウロしている。ちょいとオーサキ(大崎)に、品川、田町、浜松町を通過。それでもシンバシ(新橋)が頭をもたげてくる。
有楽町で逢いたいが、素っ頓狂(東京)なアイデアだから、何だカンダ(神田)と迷いだす。もう入社試験にアキハバラ(秋葉原)、どうもオカチ(御徒町)な作文に成りそうだ。
上野のウグイス(鶯谷)はホーホケキョと、ニッポリ(日暮里)微笑む。美しい囀りがタバ(田端)らない。
まあ、コマゴメ(駒込)したことは考えず、ありのままのスガオ(巣鴨)で勝負だ。
オツカ(大塚)レさまで、やっと来た来たイケ(池袋)ブクロ。メジロ(目白)飛び交う、高田のBAR(高田馬場)で、オオきなエクボ(新大久保)の娘さんと、シンネコ(新宿)飲みたいが、ヨヨ(代々木)と泣かれて、ハラはジュクジュク(原宿)。
シブヤ(渋谷)なお顔におさらばし、さあ切り替えてエビス(恵比寿)顔。やれやれお腹が空いた、メグロ(目黒)の秋刀魚で、ゴハンダ(五反田)食べよう。
やっと一周、確かに1時間。ほぼ全駅織り込んでみたが、小林旭の方が優れている。
どこか柳亭痴楽だ。試験会場に戻り、ダジャレをブラッシュアップするも、切れ味は上がらない。第一、ふざけ過ぎている。
タイトルだけは、「1時間のブーメラン」とし、書き出しは「一時間、行けるところまで行こうと考えた。但し、行けるところまでとは1時間なら30分で折り返さなくてはならない。
よって私は、1時間行ったきりで、元に戻るブーメランの旅を楽しんだ。」とした。
案の定、ふざけ過ぎか、一次で落ちた。まあ駒込考えても仕方ない。腹が減っては戦は出来ぬ。
♪あたし、五反田いただくわ〜。
※45年前、まだ「西日暮里駅」はなかった。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)