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ハットをかざして 第117話 親の期待

ハットをかざして 第117話 親の期待

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


久々にゼミの友がアパートに訪ねてきた。

彼も私と同じで授業にあまり出ない、劣等学生だった。今でいうところの「落ちこぼれ」である。就職がまだ決まっていないと云う。私が決まった話を教授から聞いたらしく、話を聞きに来たとのことだった。
「俺は映画関係に行きたかった、五社はもうどこも採らない…で、マスコミ全般に切り替えた。新聞社に落ち、放送局に落ち、出版社に落ち、最後に広告業界さ…」

まだ決まっていない友の手前、自嘲気味に話をした。
「実は流通関係の会社から内定を貰っているんだ…」
「デパートか」
「いや、スーパーだ」
昭和45年、私たちが世に出る頃、流通業が花開き始めた。スーパーストアーである。アメリカのマーケティングを指南書とし、右肩上がりが予想されていた。時代が呼んでいる業界とも思えた。
「いいじゃん」
しばらく間があり、重苦しそうに友は口を開いた。
「親が承知しないんだ、一流企業でなけりゃ、ダメだと云うんだ…」
「俺の友で、今度アメリカからやってくるハンバーガーの会社に内定したのがいる。日本の食文化を変えてやると、やる気マンマンだ。どこだって、いいじゃん」
「そこに入るのなら、保証人にも何にもならないと、父からおどされている」
「保証人にならない…か、そりゃキツイなぁ。教授に頼んだら」
「いや、親か、東京在住の親戚と決まっている。東京に親戚はいない…」
「一流企業って尺度が分からないけどなぁ…業界1、2位のことを指すのなら、もう概ね終わってるじゃないか…。まだおまえ親の期待に応えたいのか…やめろやめろ、親に愛されなくなった時が、自立の時だ。親ばなれに丁度いいじゃないか」

彼は俯いたままインスタントコーヒーに口も付けない。「オ・ヤ・バ・ナ・レ・か」と呟く。
「おまえ、親がスキなんだな…俺も親は好きだけど、けど、嫌いだ。こんな家に生まれなけりゃ、もっといい人生があっただろうと思う。うちの大学、そんなのばっかりじゃん。外車に乗って、夏休みは海外で過ごして、ゴルフ部、馬術部、射撃部、アーチェリー部、就職活働しなくても、親が決めている。東京に来て勉強になったのは、上には上がいる。それもとんでもなく凄い奴らがいる…それだけが勉強になった」
「親を切るか…」、やっとまた口を開いた。
「そうだ、いい時期だ」

友は私と話して、少しは心が軽くなったか、悟ったような顔で振り返り振り返り阿佐ヶ谷に戻っていった。

それから2日後に自殺していた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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