1970年11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で演説の後、割腹自決した。寺山修司ではないが、この国に命を懸けるほどのものがあるとは思えなかったが、ノンポリの三流学生を慄然とさせたことは事実だった。
夜、就職をせずWスクールで夜間の美容学校に行っているYが訪ねてきた。
「三島が自決したぜ」と伝えた。
「そうか、知らなかった。でも、俺の人生になんの関係もない」
「ところで美容師免許は取れそうかい」
「うん、来年には取ってみせる。取ったらニューヨークへ行く。あっちで修行して、ヴォーグのヘアメイクになってみせる」
「夢は大きいな」
「他に自分の生きていく道は見当たらない」
「俺は三島の死に、考えるところがある」
「やめとけ、ストイックなんて、何時間ももたない」
「いや、人生を考えてしまう」
「やめとけ、人生はゲームだ。俺は人生をゲームとして愉しむ」
「享楽主義か」
「禁欲主義か、つまらない。おまえ、まだ童貞だから、料簡が狭いんだ。麻雀ばかりで、もっと遊べ」
痛いところを突かれた。
「おまえ、フーテンの寅じゃないが、
♪殺したいほど惚れてはいたが指も触れずに別れたよ、なんかに美意識をもってるんじゃないだろうな。陳腐、滑稽、一人よがりのとんだピエロだぜ」
図星だ、当たっていた。返す言葉がない。負け惜しみのリゴリズム、似非厳格主義だ。
「ところで、学校で惚れた女はいたのか」
「うん、まあ、女には興味はないが…しいて言えば文学部のA」
「ああ、ロングヘアーの…あれは同じ文学部のNと西荻窪で同棲しているよ。よく二人でスーパーで買い物をしている。一見、おとなしく知的に見えるが中々…ほかには」
「経済学部のY」
「ああ、あのショートヘアの気の強い娘か、この前、五日市街道沿いの産婦人科から、蒼ざめて出てきたところを見たぞ。確かボーリング部のMが肩を抱きかかえていたが…彼女の前の男も知ってるが云わない」
Yはニッとほくそ笑んだ。嫌な表情だった。
「もう一人くらい言えよ」
「もういないが、うーん、法学部のH」
「ああ、あのしっとりとしたロングヘアーの娘ね。あれは一年先輩のKさんの愛人。いつもKさんの赤のアルファロメオに乗ってるぜ」
「………」
「な、身を捨てるほどの国を思っている間に、どんどん好きな娘は人の物になっちまうんだ」
人生はやはりゲームなのか。私は女性とは一度でも関係したら、結婚しなくてはならぬと考えていた。Yにそれを云うと、「おまえは、ほんにお人好しだな」と呆れ顔で高笑いされた。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)