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ハットをかざして 第145話 人生はゲームか

ハットをかざして 第145話 人生はゲームか


 1970年11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で演説の後、割腹自決した。寺山修司ではないが、この国に命を懸けるほどのものがあるとは思えなかったが、ノンポリの三流学生を慄然とさせたことは事実だった。

 夜、就職をせずWスクールで夜間の美容学校に行っているYが訪ねてきた。

 「三島が自決したぜ」と伝えた。

 「そうか、知らなかった。でも、俺の人生になんの関係もない」

 「ところで美容師免許は取れそうかい」

 「うん、来年には取ってみせる。取ったらニューヨークへ行く。あっちで修行して、ヴォーグのヘアメイクになってみせる」

 「夢は大きいな」

 「他に自分の生きていく道は見当たらない」

 「俺は三島の死に、考えるところがある」

 「やめとけ、ストイックなんて、何時間ももたない」

 「いや、人生を考えてしまう」

 「やめとけ、人生はゲームだ。俺は人生をゲームとして愉しむ」

 「享楽主義か」

 「禁欲主義か、つまらない。おまえ、まだ童貞だから、料簡が狭いんだ。麻雀ばかりで、もっと遊べ」

 痛いところを突かれた。

 「おまえ、フーテンの寅じゃないが、
♪殺したいほど惚れてはいたが指も触れずに別れたよ、なんかに美意識をもってるんじゃないだろうな。陳腐、滑稽、一人よがりのとんだピエロだぜ」

 図星だ、当たっていた。返す言葉がない。負け惜しみのリゴリズム、似非厳格主義だ。

 「ところで、学校で惚れた女はいたのか」

 「うん、まあ、女には興味はないが…しいて言えば文学部のA」

 「ああ、ロングヘアーの…あれは同じ文学部のNと西荻窪で同棲しているよ。よく二人でスーパーで買い物をしている。一見、おとなしく知的に見えるが中々…ほかには」

 「経済学部のY」

 「ああ、あのショートヘアの気の強い娘か、この前、五日市街道沿いの産婦人科から、蒼ざめて出てきたところを見たぞ。確かボーリング部のMが肩を抱きかかえていたが…彼女の前の男も知ってるが云わない」

 Yはニッとほくそ笑んだ。嫌な表情だった。

 「もう一人くらい言えよ」

 「もういないが、うーん、法学部のH」

 「ああ、あのしっとりとしたロングヘアーの娘ね。あれは一年先輩のKさんの愛人。いつもKさんの赤のアルファロメオに乗ってるぜ」

 「………」

 「な、身を捨てるほどの国を思っている間に、どんどん好きな娘は人の物になっちまうんだ」

 人生はやはりゲームなのか。私は女性とは一度でも関係したら、結婚しなくてはならぬと考えていた。Yにそれを云うと、「おまえは、ほんにお人好しだな」と呆れ顔で高笑いされた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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