
千年前の貞観(じょうがん)大地震のことを年表で見てみると、おなじ時期に応天門の変、富士山噴火、直方(のおがた)の隕石落下なんかがつづいていて驚きました。
ところがほかに、こんな事が書いてあってまたびっくりです。
「貞観12年11月大宰少弐藤原元利万呂(だざいのしょうに ふじわらの がんりまろ)、佐伯真継(さえきのまつぐ)ら、新羅(しらぎ)と通じて反乱を企てる」
反乱とはただごとではありません。大宰少弐というのは、大宰府の次官です。
この時期は、前の年に新羅の海賊が博多に襲来したという大事件があったばかりなんです。
そんなときに大宰府の役人が反乱とは。
こういう事件があったなんて、ちっとも知らなかったなあ。
藤原元利万呂という名前だってまるっきり初耳ですもん。
どんたく・山笠・放生会(ほうじょうや)で浮かれているあいだに世間ではこんな大事件があったんですねえ。
年表の関連記事を抜き書きしましょうか。
書き写すのもめんどうなんですが、読むのも大変ですよねえ。すいません。
870年(貞観11)
5月新羅の海賊2艘、博多津で豊前(ぶぜん)国の年貢を奪う
陸奥(むつ)国に大地震(貞観大地震のこと)
12月新羅の海賊に備え諸国の俘囚(ふしゅう)を大宰府に移す
871年(貞観12年)
1月壱岐に武具を給する
2月大宰府の守りを固め、山陰道に武具を備えさせる。
6月筑前・肥前・壱岐・対馬などの国に、防備を強化させる
11月大宰少弐藤原元利万呂、佐伯真継ら、新羅と通じて反乱を企てる
原典はぜんぶ「日本三代実録(にほんさんだいじつろく)」という朝廷が制作した日本史のひとつです。「三代実録」ともいわれます。
編さん委員には天神様の菅原道真さんもいたんですね。
9年かけて完成した年に、道真さんは残念ながら大宰府に流されてしまいました。
それよりなにより、最初の記事のとおりこの時期は、海賊襲来で西日本全域にわたって風雲急をつげています。
3年前の貞観8年には、応天門の変があったばかり。
もう、国中てんやわんやしていました。
そんなときに大宰府の次官が新羅と手をにぎって反乱とは。
ほうっておくと大変なことになりますよ級のアンビリーバブルな大事件ではありませんか。
と、驚いているあいだに、元利万呂の反乱についてくわしくは次回持ち越しになっちゃって。す、すいません。つづく
*元利万呂は、げんりまろ・もとりまろ・もととしま ろ・もとまろ、などと読むようです
*俘囚…8世紀頃から律令国家に帰属した奥羽の蝦夷。最初懐柔策をとったが平安初期からは次第に弾圧。各地で反乱も起きた。その俘囚を大宰府の警備兵として移住させた
■引用:「日本史年表増補4版」東京学芸大学日本史 研究室編・東京堂出版