藤原元利万侶(ふじわらのがんりまろ)の事件が書かれている「日本三代実録」(にほんさんだいじつろく)は略して三代実録ともいわれ、日本の歴史書である六国史(りっこくし)のひとつです。つぎの六書を六国史といいます。
日本書紀(にほんしょき) 続日本紀(しょくにほんぎ) 日本後紀(にほんこうき) 続日本後紀(しょくにほんこうき) 日本文徳(もんとく)天皇実録 日本三代実録
日本三代実録は、清和(せいわ)帝・陽成(ようぜい)帝・光孝(こうこう)帝の三代30年間の歴史がつづられています。
宇多(うだ)帝の勅命による《編さん委員》はつぎの5名です。
菅原道真(すがわらのみちざね)・源能有(みなもとのよしあり)・藤原時平(ふじわらのときひら)・大蔵善行(おおくらのよしゆき)・三統理平(みむねのまさひら)
彼らは寛平(かんぴょう)4年(892)から9年間かかって完成しています。その間に源能有は死亡。菅原道真さんは大宰府に左遷。三統理平は転任。結局、完成したときは左大臣藤原時平と大蔵善行のふたりだけでした。
さて、右大臣の道真さんが突然大宰府に流されたのは昌泰(しょうたい)4年(延喜元年)1月。三代実録の完成はその年8月です。
どうでしょう、1月の道真左遷から8月の完成まで、左大臣藤原時平は三代実録をせっせと自分に都合よく添削していたんじゃないでしょうか。はい、時平は北家なんですよ。歌舞伎の「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ)でも時平を「しへい」と呼んで悪役にしていますねえ。残る大蔵義行は従五位上(じゅごいのじょう)です。身分ちがいの左大臣時平のいいなりでしょう。
「続日本後紀」の編さんもおなじです。続日本後紀は仁明(にんみょう)帝の一代18年間の国史で、貞観11年(869)に完成。
《編さん委員》は以下のとおりです。
太上大臣(だいじょうだいじん)藤原良房(よしふさ)・右大臣藤原良相(よしすけ) 大納言伴善男(だいなごんとものよしお)・春澄善縄(はるずみのよしただ)ら
こちらは仁明帝一代に14年もかかっています。三代実録の三代30年間が完成に9年間です。時間のかかりすぎですねえ。これって伴善男が北家中心の記述にうるさくクレームをつけたりするもんで、応天門の変で善男を失脚させるまで完成がのびのびになったと考えられませんかねえ。
貞観8年の応天門の変の関係者は、良房の弟くん良相が翌9年に没。翌年、伊豆に流されていた伴善男も没。善男は何月に死んだのかわかりませんが、もうひとりの関係者左大臣源信(みなもとのまこと)はあやうく犯人にされそうになったあと邸に引きこもって善男とおなじ年の閏12月に没です。続日本後紀の完成は翌11年8月で8か月あと。三代実録の完成も関係者が片付いて7か月あと。添削期間ですかね。国史も時の権力者につごうよく書かれるんですね。逆もまた同じでしょうけど。
さて、新羅海賊の博多襲来、元利万侶の謀反にはじまった貞観時代の勉強もひと区切りします。次回は町家かな。音二郎も書かなくっちゃ。
「読み下し日本三代実録上巻」武田祐吉、佐藤謙三訳:戎光祥出版
「藤原氏千年」朧谷寿:講談社現代文庫
「歴代天皇事典」高森明勅:PHP文庫 ほか
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