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長谷川法世のはかた宣言57・続 博多場末論

長谷川法世のはかた宣言57・続 博多場末論


衝撃の博多場末論に素人としては、「博多は場末じゃありまっしぇん」という思い込みだけで、話をすすめるっきゃない。
まず、中山平次郎博士の論文「古代の博多」をぶしつけながら意訳します。(〇数字法世)
「宣化天皇※1の時代に官家がつくられて那珂三宅時代※2となった。120年余りのち、天智天皇※3の時代、白村江の敗戦による日本の朝鮮撤退にともない、官庁は大野山の下にうつり、防人・のろし台の設置、水城や山城を急造して防備を固めた。

那珂三宅の都市のそばは入り海だったが、①那珂川河口のため埋まっていき船の運輸につかえなくなった。②もともと大きな船は天智天皇以前から荒津の辺りに停泊しただろう。③福岡部の開発についての史料はひとつもないが④対外的な客館・博多警固所・船舶の寄泊所の位置をいろんな史料から推究するとすべては今の福岡部になる」

そして「奈良~平安前期の⑤博多に関する古史料にはいまの博多にかかわるものはひとつもない。したがって今日の福岡部の発達は古代の福岡部の開発がもとである。…略言すると…いまの博多は場末に過ぎなんだ」
と、いきなりの博多場末論になる。ま、帝国大学教授だし。時代が時代だし。※4

さて、中山博士のいわれる①那珂川河口が埋まって船の使用不可、とはいかがなものか。いまだに那珂川はちゃんと流れている。それに、敵に備えて官庁は内陸へ引っ込めたのに、対外的客館※5を海っぺりにつくるのは矛盾。そして、博多警固所※6の設置は200年以上もあとだし。防人の制度もまだあったのに。

また、もし都市の移転ではなく、新都市の建設だったとしたら、博多は新都市の場末とはいえないもんね。さらに、対外的客館が「都市」ではなく単なる「施設」だったならばどうだろう。
②大船は荒津に停泊したのだろうかという問題も考えなくてはならない。③⑤福岡も博多も史料が無いのは同じなのに、なぜ福岡部が中心なのか。たしかに鴻臚館は博士の推定どおり※7に福岡で発見された。けれど、なぜそこが博多なんだろうか。

先に連載53回「博多の博多」で、広域博多と狭域博多を考えた。九州全域を所管とする大宰府からみれば、博多湾全域が単一の所轄地域・博多大津であったろう。ここはひとつ博多湾全域を当時の博多だったと考えて④を読もう。博多警固所は新羅海賊の襲来によって鴻臚館のそばにできた。
ゆえに鴻臚館の場所が博多だった、と博士は考えられた。けれど、博多大津時代の古代博多と、秀吉以降の近世博多とを同列に考えるのは無理ではなかろうか。海賊はどこから来るかわからない。

警固所の警備区域は鴻臚館だけではなく博多津=広域博多であり、だから「博多警固所」とネーミングしたという論も立つのでは?てなわけで、次回「鴻臚館場末論(案)」で反撃開始だ(恐る恐る)!

*1)宣化天皇…467〜539(在位535〜539)小学館「日本歴史大辞典」。

*2)那珂三宅時代…博士は筑紫屯倉を南区三宅と考えられたが三宅から遺跡は現在も未発見。近年、屯倉は那珂・比恵遺跡とされる。各遺跡調査の報告をネットで見よ~!

*3)天智天皇…斉明帝が朝倉宮で崩御されたが中大兄皇子は皇太子のまま政務を執りつづけ(称制という)、7年後に即位。天皇不在は異例。中村修也「天智朝と東アジア」NHK出版H27では天智朝は白村江の敗戦後唐の支配下にあったとする。

*4)時代が時代だし…発表から約50年あとの「博多津要録」翻刻本の解説も《(中山博士によって)古代の旧博多部は、都市の場末にすぎなかったと認定されたのである》と場末論を踏襲。解説は九大の先生。

*5)対外的な客館、*6)博多警固所…全体の把握のため関係事項を時系列に並べておく。663年白村江敗戦・664年防人・のろし台設置、水城築造・668年筑紫館初見・759年博多大津初見・838年鴻臚館初見・869年新羅の海賊襲来・895年博多警固所初見(869年に2艘の新羅海賊船が博多津で豊前の年貢の絹綿を奪った事件があり、警固所設置)

*7)博士の推定どおり…最終的に鴻臚館遺跡が発掘されたのは論文「古代の博多」第1回を発表されてから81年後、没後31年目の1987年だった。晩年は戦後の経済混乱によって窮乏生活だったという。「金印物語」を死の直前まで執筆されたが未完に終わった。遺体は遺言により九大に献体。詳しくはウィキペディア「中山平次郎」で。何度読んでも涙がにじむ。それでも場末論には立ち向かわせていただきます。

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