
「お元気にしてありますねえ」
といったら、女性プロデューサーに「いまのは博多の方言ですか?」と聞かれた。
平成2年頃、東京ローカル※1のテレビの司会をやっていて、高齢者を取材したVTRレポートを受けてのひと言コメントだった。はじめ、「皆さん、お元気にしていらっしゃいますねえ」と考えたのを短くしたのに。こういう場合、標準語では「お元気ですねえ」でいいようだ。在京30年近かったけれど、「してある」が博多弁とは思わかなった。
テレビでの失敗をもうひとつ。全国放送のゲスト出演のときだった。
「いかがです、ご自分の小説がテレビドラマになって全国の視聴者がご覧になるって」
「いやあ、恥ずかしいですねえ」
すると、聞き手のキャスターの表情が一瞬くもった。その意味をずっと考えつづけているが、この場合「恥ずかしい」ではなく、「照れくさい」というべきだったのだろう。恥ずかしいを、照れくさい※2と同じ意味で使ったのだけれど、標準語では2つのことばの意味※3は明確に分かれているらしい。
冷泉小学校で(60数年前!?)、女性の先生が担任で、標準語の授業があった。
「これからは標準語を使いましょう。お買い物のとき、『10円がと』なんていってはいけません」
みんなどよめいた。「がと」が使えないなら、どういうのか、みんな必死豆炭※4で頭を振り絞った。がき大将が博多弁で尋ねた。
「先生、したら、『10円がと』は標準語でどげんいうとですか?」
「はい、『10円がと』は標準語で、え?何?、『10円…しこ※5』かしらね、え?え?」
教室中、爆笑。先生も笑った。標準語の授業はそれっきり。
高校の同級生が東京で受験するので、博多駅へ見送りに行った(53年前)。博多駅は現在地へ移転して新築したばかり、元の場所から駅前まではだだっ広い更地で、建物はなんにもなかった。道路も未舗装だった。
東京から戻った同級生は、受験の話はそっちのけで、親戚を訪ねた話をした。
「おじさんの家に行ったったい。そしたら、中学生のいとこの女の子が出てきたけん、『おじさん、おんしゃ~あ?』て聞いたったい。したら、ポカンてしよっちゃけん。『おじさん、おる?』やったら悪かろうと思うて、敬語ば使うたとに、わからんとやけん」
まるで、方言とは思っていないのだった。
※1)東京ローカル…東京タワーの電波が届く範囲、関東一都六県がエリア。毎週月曜~金曜の15分番組。なのに千葉に移住していたので、毎日特急で東京駅へ片道53分。丸の内にハイヤーが待っていて六本木まで通った。
※2)照れくさい…博多では恥ずかしいを、恥ずかしか、と方言的に照れくさいの意で使う。しかし、照れくさかとは殆ど言わない。つまり、博多弁は標準語より語彙が1個少ない?
※3)ことばの意味…スポーツのチームが遠征するというが、漢字の本家中国では読んで字のごとく、遠くを「征服」するの意。親善の意味は皆無らしい。言葉は、他所に伝播するにつれ意味の幅が広くなりがち。米語もそのようだ。
※4)必至豆炭…一所懸命でカッカしているさま。豆炭を見ない今では死語。
※5)しこ…東京の子どもの買い物は、ガラスケースの飴玉を指差して、「おばちゃん、10円頂戴」で、もちろん東京弁。いまでも標準語の買い方ははっきりしない。