玉子ラーメン550円
東洋軒
佐賀県多久市北多久町小侍813
日曜定休
食べた瞬間「うまい!」とすぐに声が出るタイプではない。一口目はまずうま味が舌に乗っかる。口の中で広がり鼻から抜けていくまで、徐々にしみていく。二口、三口、四口…。「ああ、うまいなぁ」とようやく心の中でつぶやく。そんなタイプのラーメンだ。
JR多久駅のすぐそばの哀愁あふれる建物に入居する。店内には漫画が置いてあり、テレビからはワイドショーが流れる。客席では湯気を浴びながらみんなおいしそうにラーメンをすすっている。生活の延長線上にあるような普通の感じがとてもいい。
その感じはラーメンにも当てはまる。別に気取ったわけではない。日常に溶け込んだ一杯。店主の川内深さん(72)が「使うのは豚骨のみ。炊き過ぎんごとしとります」と話す、やわらかい豚骨だしのスープに合わさるのは、やわめの麺。派手に主張するタイプではない。ただ、奥には豚骨の存在感がしっかり。芯の強さが感じられる。
哀愁あふれる外観。
庇テントも破れているが、川内さんは
「今後どうなるか分からんからそのままにしてます」
創業者は、豚骨ラーメン発祥の地である福岡・久留米の人物だという。始まった時期は明確には分からないが、昭和32年にその創業者から川内さんの父親がのれんを買い取ったそうだ。創業者はほかにも佐賀、長崎県内で東洋軒を数店経営。現在も営業しているのは佐賀市の「東洋軒」( こちらは創業者と親戚関係)とここ多久の店のみである。言われてみれば、確かにやわらかい豚骨だしの口当たりは似ている気がするが、こちらの方がより「佐賀らしい」とも感じる。
現在は静かな街だけれど、創業当時の多久は炭鉱景気に沸いていた。店の裏には映画館が2軒あり、人であふれたという。東洋軒は深夜まで営業し、炭坑夫たちも多く訪れた。「一見怖そうで豪快だけど、みんな優しかったね」と川内さん。時代は変わり、今は窓越しにボタ山が見えるだけ。それでも川内さんは変わらぬ一杯をつくっている。
ただ、近年はまわりの反応が変わってきつつある。派手さはないけれど、じんわりとしみるラーメンの良さが浸透してきている。川内さんは「『福岡に出してくれんね』と言われることもあります」と言う。決してアクセスは良くないが、休日には県外からの客も多く訪れる。
ゆで卵ではなく、生卵の黄身を入れるのが佐賀ラーメンの特徴である。ルーツは久留米といえども、今は佐賀の味。ここでのトッピングはもちろん生卵だ。僕はいつも3分の2ほど食べ進めた時点で黄身を崩して溶け込ませる。この日もそうした。
「まろやかになるでしょ」。隣で見ていた川内さん。自らつくるラーメンを毎日昼ご飯に食べているそうだ。
「好きけんが飽きん」
その言葉に思わずうなずいた。
文・写真小川祥平
1977年生まれ。ラーメン記者、編集者。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。ツイッターは@figment2K