満員のスタンドを背景に、打席でピシッと右足を上げたジャイアンツの背番号1。その男性が差し出したのは、紛れもなく現役時代の雄姿です。「おい、おい。こんな写真、どこから持ってきたんだ」。王貞治さんは目を丸くしながら、さらさらとペンを走らせます。
Sadaharu Oh
1994年、ウインターリーグの観戦に訪れた米国・ハワイ大学のレインボースタジアム。お忍びでスタンドに腰かけたつもりが、「今日はスタンドにミスター・サダハル・オーが…」なんてアナウンスされたものだからたまりません。たちまちサインを求めてファンがやって来ます。もちろん、みなさん現地の方々。中には「日本の文字で書いてくれ」という人もいて、王さんは「ほんとに漢字が読めるのか?」とこぼしつつもリクエストに応じます。くだんの写真を持ち込んだ男性は「急いで家に帰って、部屋に飾っていたのをはがしてきた」。まさに「世界の王」を実感させるシーンでした。
自分のサインがインターネット上で売られていた―。そんな選手の嘆きがしばしば聞かれます。せっかくのファンサービスが転売ヤーめいた連中に踏みにじられる。そりゃ不快なものでしょう。ですが、現役時代から求めに気軽に応じてきた王さんは、口癖のようにこう言います。
「世の中に俺のサインほど安いものはないよな」
そう、たくさん書きまくったおかげで世間にあふれているのです。福岡の街でも、あちこちで王さんのサインを目にします。そういえば、屋台の天井にも…。あれって、ホンモノだったのかなあ。
「世界の王」のエピソードをもう一つ。翌年の秋、米国アリゾナでの出来事です。若手有望株が集まる秋季リーグ戦の視察。記者仲間と球場内をウロウロしていると、グッズ売り場の店頭に立つ年配のご婦人と仲良くなりました。おっとりとした、上品な雰囲気の方でした。
ある日、そのご婦人が声を潜めてこう言います。「あなたたちは日本から来たのよね。良いことを教えてあげる。今日、サダハル・オーがこの球場に来てるわよ」。いやいやいや、その王さんに付いて来てるんだけど。そんな返答に目を見開いたご婦人は、それまでの上品な物腰が一変。「ちょっとそこで待ってて」と言い残すと、ドタバタとバックヤードに引っ込んで何やらゴソゴソやっています。戻ってくるなり突き出したのは両手にいっぱいのボール。「これにサインをもらってきて!」。こうして、王さんのサインはどんどん値を下げていくのです。
秋季練習中の雁の巣球場で
即席サイン会を開く王監督(当時)
=2007年10月
王会長のサイン色紙
文 富永博嗣
西日本新聞社で30数年間、スポーツ報道に携わる。ホークスなどプロ野球球団のほか様々な競技を取材。今年3月に定年を迎え、現在は脳活新聞編集長。