「きりん亭」
大分県別府市餅ケ浜町10-45
午前11時~午後2時、水曜定休。
冷麺800円、ラーメン700円
「久しぶり、今日来んかったら連絡しようとおもっちょった」
大分県別府市にある「きりん亭」の谷崎由紀子さん(77)は、入ってきた常連客とおぼしき男性に話しかけた。「そんなに来てなかったっけ?」と言う男性に、谷崎さんはすぐさま返答する。「2週間よ」。すると男性は笑顔で応じた。「安否確認やな。ありがとう」。そして続ける。「冷麺お願い~」
トークが冴える由紀子さんとは対照的に、厨房では夫の義男さん(81)が寡黙に作業をしていた。
小麦粉、そば粉、片栗粉をこねた生地を、注文のたびに押し出し式の製麺機にセット。圧力がかけられた生地はところてんのように麺になって出てくる。製麺機の下には釜があり、麺は自動的に茹でられる。
こちらも冷麺を注文した。冷たく締められた丸っこい麺はちょっと太めで、かみ応えがある。牛肉と昆布などの和だしで取ったスープはあっさり。キャベツキムチの酸味と辛みがいいアクセントだった。
「別府冷麺」といえばご当地グルメの一つで、市内の多くの店で提供されている。太麺とキャベツキムチの「大陸風」と、そば粉が強い細麺と白菜キムチの「焼き肉店風」の2種類があり、きりん亭は前者だ。由紀子さんはその歴史を教えてくれた。
「もともと夫は船乗り。でも飽きたんでしょう。飲食店をやることになってね」
そこで手を差し伸べてくれたのが知人の松本一五郎さんだった。松本さんは戦後間もなく、「大陸」(現在は閉店)をオープンした。満州で食べた韓式冷麺をアレンジして提供し、人気となる。これこそが別府冷麺のルーツの一つであり、「大陸風」と言われる由縁である。
「松本さんから『うちに来て覚えれ』って言われたんよ。熱心だからできるんだと思ったんでしょうね」。冷麺づくりを習得した義男さんは昭和49年に独立する。屋号は「麒麟亭」のつもりが、看板屋さんが「漢字が難しい」とひらがなにしたとか。
別府冷麺が名物として認知され始めたのはここ十数年のこと。「当時は口コミだけ。よう続いたと思うよ」。最初の数年は苦労したというが、義男さんの味には徐々にファンがついた。
看板メニューの冷麺のほか、常連の中ではラーメン人気も根強い。こちらも松本さんから学んだ一品で、豚骨、鶏がらスープにコシのある麺が合わさる。「ずっとこの味。昔ながらの中華そばでしょ」と由紀子さんは声をかけてくる。冷麺やラーメンだけではない。この由紀子さんのトークに引かれて通う人も多いはずだ。
「うちはチェーン店とかの雰囲気とは違うよ」と笑顔の谷崎由紀子さん
「わりかしフレンドリーな店やけんな~。店も狭いし、わたしは話好き。今は長いお客さんばかり。身内感覚やな」。
そう言いながら由紀子さんは別のテーブルに行き、お客さんとのおしゃべりを始めた。厨房では義男さんが真剣な表情で麺をゆがいていた。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版担当デスク。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。ツイッターは@figment2K