「松福」
佐賀県鹿島市高津原1841
午前11時半~午後2時、月曜定休
ラーメン600円、カレー600円
「もともとはサラリーマン。だから商売は不安でしたよ」。御年88歳になる松本義信さんは創業時のことをそう振り返った。佐賀県鹿島市に「松福(しょうふく)」ののれんを掲げたのは昭和56年だから、脱サラは47歳の時になる。よくよく考えてみれば、人生の再スタートにはちょっと遅い気もした。
そんな私を見透かしたように、隣にいた妻の佐智子さん(81)が口を挟む。「そりゃ心配しましたよ。でも『ここで男になれ!』と思ってね」
「手軽に食べられるものにしたい」と、ラーメンとカレーを提供することに決めた。佐賀市の老舗「一休軒」出身の職人からラーメンを、カレーは鹿島市内の割烹で習った。屋号は「福を招く」と自身の名字をかけている。
縁起のいい屋号のおかげ、というわけではないのだろうがスタートから順調だった。「『半年も続かん』って地元の人にはあきれられたんだけどね」と松本さん。最初は出前が中心。役場や農協など地元の人たちが支えてくれた。一方の佐智子さんは「自分が選択した道。男はやり通す。営業を始めたら心配はなかったですよ」と頼もしい。
「飲食をやりたかったんですよ」と松本義信さん
まずはラーメンをいただく。スープは、しみじみ味の佐賀らしさがあり、一休軒系というのもうなずける。ただ、昔ながらの佐賀ラーメンよりも、クリーミーで濃厚さが際立っていた。松本さんは言う。「味は自分に合わせて変わっていきますから。最初とは全然違いますよ」
今では「松福=ラーメン」と認識されているものの、カレー人気も根強い。長時間煮込み、熟成させたカレーは、うま味が強く、濃厚。家庭の味とも違っておいしかった。
かくしゃくと働く松本さんだが、一代限りでのれんをおろすつもりだったという。「でもお客さんが続けてって言うからね」。最近値上げをしたらしいが、背中を押してくれたのもお客さんだった。「『そろそろ上げていいんじゃない』と心配して催促してくるんですよ」と笑う。
長く続いてほしい―。そんなお客さんたちの思いを実現させたのは松本さんの息子、義憲さん(44)である。
「おやじの年齢のこともある。小さい頃から好きだったこのラーメンがなくなったら困る。じゃあ自分でつくったらいつまでも食べられると思ったんです」
父親の味を引き継ぎ、昔ながらの平ざるで麺上げをする。現在は2代目として厨房を仕切っている。
それでも、松本さんは佐智子さんとともに変わらずに店に立つ。「ここにいるのは元気のもとだから。あと孫のおかげもありますね」。孫の一人は女子野球界で活躍する松本里乃さん。祖父がつくるラーメンに対する彼女の愛のメッセージが店の壁に書かれていた。
取材中、時折麺上げの加勢をしていた松本さん。その姿はなんだか楽しそう。人生の再スタートは何歳からでも遅くはない。
文・写真小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版担当デスク。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。ツイッターは@figment2K