本サイトはプロモーションが含まれています。

ハットをかざして 第189話 男の修行場

ハットをかざして 第189話 男の修行場


 昼間の会議で喋(しゃべ)っていると、何かにつかれたように喋りが止まらなくなる。議論が大好きで、先輩たちとも口角泡をとばすことが多かった。幼い頃から、食事中に喋り続けていると、父から「少し黙って食べろ」と叱られた。男は喋りすぎて失敗するとも言われた。子供心に食事中の沈黙に耐えることは辛い時間だった。

 BARは男の沈黙の修行場だ。東京時代は、銀座の「うさぎ」(銀座日航ホテルの裏手、今はもうない)、「ルパン」(文藝春秋別館裏の路地の奥の右、常連太宰治、坂口安吾、織田作之助の写真が飾られている)、新宿は檀一雄通りにある「風紋」(林聖子ママが亡くなり、今はもうない)、新宿コマ劇場向かいの「かくれんぼ」(鈴木清順監督夫人がやっていた、今はもうない)で飲んでいた。

 博多に来て、中洲中央通りからちょいと路地を東側へ入った「西川亭」を知った。眼のギョロリとした威厳のあるマスターで西川英夫さんといった。ある日、三人連れの客が来ると、うちはお一人かお二人様までと、すぐに断った。三人以上になると、お喋りがうるさくなるからだ。またある日、お客が「まず、ビール」というと、「うちはBARですよ、ビールならどこかよそのお店で」と言った。お客はぶぜんとして出て行った。声の大きいお客には「ほかに、お客様もいらっしゃいますから」と静かに丁寧に注意した。

 初めてお邪魔した時、「JTSブラウンの8年をショットグラスで」と頼んだ。「チェイサーはお水でいいですか」と聞かれ、「ではミルクで」というと、達磨さんのようなお顔が少しニヤッと弛緩(しかん)した。カウンター奥の客はずっと文庫本を読みふけっていた。毅然(きぜん)とした静かなBARだった。

 中洲人形町通りに「梟(ふくろう)の酒場」という店があった。那珂川より、もう一本東側の通りで、敷地に入り、直角に左に曲がると、れんが敷きのステップがある。アイビーの絡まる素敵な洋館で、正面に大きな木製の鉄枠のドアが聳(そび)えている。円形のさびた鉄製のフックでノックすると、しばらくして上の小窓が開き、ホールのお姐さんが客を確認する。いちげんさんは入れないのでなじみだけの店である。入ると天井の高い空間で、床はフローリング正面奥にカウンターがある。左側の中央に暖炉があり、冬は白樺のまきを燃やしている。右の壁には女優岡田嘉子(1902―92年、ソビエトに駆け落ち亡命した女優)と一緒に写るオーナーバーテン草野さんの写真がある。草野さんは慶應ボーイだ。奥様がママで、私が30歳の頃だから、ママは70代だっただろうか。いつも着物姿でつぶしの廂髷(ひさしまげ)、俗に言う二百三高地だった。ホールには木製のテーブルが四つあり、ゆったりと四脚で、静かに会話を楽しめた。ロックの氷はグラスの底の大きさに合わせておむすび型に削られており、本当のオンザロックだった。

 ある日は高橋義孝先生(ドイツ文学者。その頃、東京から九大に教えに来ていた)が教授陣と飲んでおり、ある日は竹中労(ルポライター)、ある日は藤本義一(直木賞作家)が飲んでいた。彼らの会話に若造の私は必死で聞き耳を立てていた。


中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)

◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
 ①4月からの新講座「日本文学映画」研究 受講生募集
 ②4月からの新企画講座「男の映画」研究 受講生募集
 ③エッセイ教室 受講生募集「自分の、父の、母の人生を書いてみましょう」
※詳しくは ☎092・721・3200 まで

やましたやすよし=イラスト

関連するキーワード


ハットをかざして

最新の投稿


50代女性におすすめのシャンプー10選 髪の悩みに合わせたエイジングケア商品

50代女性におすすめのシャンプー10選 髪の悩みに合わせたエイジングケア商品

50代女性の髪の悩みを解決に導くシャンプー選びをご提案します。年齢とともに変化する髪質や頭皮環境にマッチした、50代に最適なシャンプーの選び方とおすすめ商品をご紹介。女性特有の髪のパサつき、ボリューム不足、白髪ケアなどの悩みに着目し、保湿力と栄養補給に優れたヘアケア製品を厳選しました。50代女性のためのシャンプー選びのポイントも詳しく解説していますので、あなたの髪質に合った美容成分配合のシャンプーを見つけて、健やかで美しい髪を取り戻しましょう。


50代におすすめのオールインワンジェル12選 肌悩みに合わせた上質スキンケアを

50代におすすめのオールインワンジェル12選 肌悩みに合わせた上質スキンケアを

年齢を重ねるにつれて増えるのが肌の悩み。「もっと手軽にケアしたい」「たくさんの化粧品を使うのが面倒」と思うことはありませんか?そんな50代女性にこそ、オールインワンジェルがおすすめです。50代の肌は、乾燥やハリ不足、くすみといった悩みが複合的に現れてきがちです。 しかし、オールインワンジェルなら1つで化粧水、乳液、美容液などの役割をこなすため、複数のアイテムを揃える必要がありません。時間もお金も節約しながら、効率的に本格的なスキンケアができます。 この記事では、50代におすすめのオールインワンジェルを厳選してご紹介。毎日のお手入れにオールインワンジェルを取り入れて、自信あふれる健やかな肌を目指しましょう。


第十九回博多・天神落語まつり 開催決定!

第十九回博多・天神落語まつり 開催決定!

福岡の秋は、これがないと始まらない! 「六代目三遊亭円楽名誉プロデュース 博多・天神落語まつり」の開催が今年も決定しました!


予算5,000円で男性が喜ぶ!家電プレゼント厳選10選【2025年最新】

予算5,000円で男性が喜ぶ!家電プレゼント厳選10選【2025年最新】

「男性へのプレゼント、何を贈れば喜ばれるだろう?」 そんなお悩みを抱えていませんか?特に家電は、こだわりを持つ男性も多く、ブランドや機能性を考えると予算5,000円では難しいと感じるかもしれません。 この記事では、予算5,000円程度で購入できる、男性が喜ぶ高コスパ家電を厳選してご紹介します。ビジネスシーンで活躍する便利なガジェットから、プライベートを充実させる実用的な日用家電まで、人気ブランドから選び抜かれた10商品をピックアップしました。 どの商品も使い勝手にこだわり抜かれたものばかり。誕生日や記念日、ちょっとしたお礼など、様々なシーンで喜ばれること間違いなしです!


50代のアイメイク完全ガイド|老け顔に見えないメイクのコツと厳選アイテム7選[2025年版]

50代のアイメイク完全ガイド|老け顔に見えないメイクのコツと厳選アイテム7選[2025年版]

50代になると、まぶたのたるみ・くすみ・シワなど、目元の変化の悩みが増えてきがち。「若い頃と同じアイメイクをしていたら、かえって老けて見える…」そんなお悩みを抱えていませんか? 実は50代のアイメイクには、年齢に合わせたやり方とアイテム選びが重要です。間違ったメイク方法では、目元が重たく見えたり、表情が暗く見えてしまう原因にも。本記事では、「50代でも老け顔に見せない」ためのアイメイクのコツをわかりやすく解説しつつ、アイブロウ・アイシャドウ・アイライナーなど、50代におすすめの厳選アイテムを紹介します。正しいテクニックとアイテム選びで、若々しく上品な印象の目元を手に入れましょう。


発行元:株式会社西日本新聞社 ※西日本新聞社の企業情報はこちら