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福岡麺人生51杯目・たし算、かけ算のおいしさ おしのちいたま

福岡麺人生51杯目・たし算、かけ算のおいしさ おしのちいたま


「おしのちいたま」
福岡県糸島市前原西1-6-22
午前11時~午後5時 木曜定休
塩そば1,300円

 見た目からずるい。低温熟成チャーシューなど色味豊かな具材が別皿に盛られ、器には揚げごぼうの橋が架かる。そして、黄金色のスープには全粒粉入りの麺。JR筑前前原駅近くで昨年10月にオープンした「おしのちいたま」(福岡県糸島市)は〝見せる〟一杯をだす。でも、一口食べた印象は実直で飾らない。鶏がら、鯛のあら、野菜でとっただしはあっさり。それゆえ、全粒粉の香りは際立ち、控えめなスープからはうま味、そして塩味が顔を出す。

 「塩を味わってほしいんです」。オーナーの平川秀一さん(46)は「あっさり」の理由を語る。それもそのはず、平川さんは昔ながらの製法で塩をつくる職人さん。あくまで塩が主役なのだ。

平川さんは店舗横にビアガーデンを計画中

 塩づくりを始めたのは20年ほど前。塩専売制度廃止(平成9年)に伴い生産が自由化され、全国で天然塩づくりが広まった。当時は和食の料理人。精製塩との違いに驚き、「料理を構築する軸。料理も塩づくりも変わらない」と平成12年に糸島半島に「工房とったん」を構えた。

 店から車を30分ほど走らせると、まさに半島の突端に塩田があった。驚くのはこの立地にもかかわらず、お客さんが多いことだった。

 塩田は組んだ櫓に竹が逆さにつるされる立体式。くみ上げた海水を竹の上部から垂らし、日光に当てながら水分を飛ばす。下まで達するとまた上へ。これを繰り返すこと10日間。その後は釜で5日間煮詰める。手間暇かけた塩は「またいちの塩」と名付けている。

 「認知されたのは、ここ10年です」と平川さん。その間、手をこまねいていたわけではない。「しおをかけてたべるプリン」を開発したほか、糸島市郊外に塩と地元食材を合わせたレストランをオープンした。工房で買った塩をなめてみた。塩味の奥に、うま味と甘みがどっしり構える。ついでにプリンも購入。こちらはプリンの風味の引き立て役としての存在感があった。

 ラーメンは新たな挑戦の一つだ。「ひねくれているかも」と自己分析するように、開業では「逆張り」を貫いた。コロナで世の中が内向きな中での新規出店。豚骨ではなく塩で勝負。場所は市街地に決めた。「これまで景観、海、手つかず自然など僻地の強みを生かして商売をしてきた。すべての価値をひっくり返したかったんです」。だから屋号は「またいちの塩」を逆さまにした。

 でも、と平川さんは続ける。 「やってきてないことをやったつもりだけど、『おいしい』を求めていることは変わっていないんだ。そう再認識しました」。

 おしのちいたまに話を戻す。卓上には、製塩時の樽底にたまった濃厚そうな塩が用意されていた。ひとつまみ混ぜると味わいが深まり、スープが俄然力強くなった。こんなに変わるものなのか。

 素材を生かす。調味料を控える。料理ではよく引き算という言葉が使われる。でも、塩づくりは単に水分を抜くのではない。同時に海のミネラルを凝縮させている。平川さんの「おいしい」は、たし算でも、かけ算でもあるのだ。


文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版グループ勤務。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。

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