幸福の檸檬
本友達ののゆりさんは、今年高校三年生。大学受験を来年にひかえ読書どころではないだろうと思っていたら、あにはからんや、高校では毎朝十分間読書があって、本を読んでいるとのこと。今の悩みは国語の宿題、梶井基次郎の『檸檬(れもん)』の読書感想文が書けなくて困っているというので、では私も挑戦してみようと今月はその『檸檬』をとりあげた。
梶井基次郎は若い時に結核を患い、31才で夭折した短篇小説の名手である。『檸檬』は彼が23才の時(一九二四年)の作品で、この小説で一躍有名になった。全体が詩作品を読むようで、そのみずみずしい表現にはひきこまれる。「えたいの知れない不吉な塊(かたまり)が私の心を終始圧(おさ)えつけていた」で始まる『檸檬』は、そのようなうっ屈した心のままに京都の町を歩きまわり、とある果物屋の檸檬を一個買い求めるところから急展開する。「檸檬一個で何だか身内に元気が目覚めて来たのだった」。そして彼は丸善の前まで行き、店内に入る。次々に手にした画集の上に檸檬をそっと置き、そのまま何食わぬ顔で店の外に出るのである。あたかも黄金色(こがねいろ)に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けるように。私の心にもいつ爆発するかしれない檸檬が、彼の手で置かれたような。
「のゆりさんありがとう。黄金色の檸檬は私の中でいまも息づき、私を元気づけています。本って本当に人を幸福にしますね」。
『檸檬』
梶井基次郎 著
新潮文庫
430円(税別)
六百田麗子
昭和20年生まれ。
予備校で論文の講師をする傍ら本の情報誌「心のガーデニング」の編集人として活躍中。