神様が下さった仕事
本との出会いはとても不思議だ。同じように作家との出会いも不思議だと思う。今月紹介する本は、あすなろ書房から今年2月に発行された伊集院静さんの『親方と神様』。
「まだ町や村のどこかに鍛冶屋があった時代の話である。とはいえかれこれ六十年前の少年譜ではあるが…。」で始まる鍛冶職人の親方能島六郎と12歳の少年由川浩太との物語である。
小学校6年の浩太は、村に一軒ある鍛冶屋の六郎の仕事に心を寄せ、毎日仕事場に通ってくる。中学進学もやめ、親方のもとで鍛冶職人になることをひたむきに願っている。親方は自分の親方から教わった話を少年に聞かせる。「鍛冶屋の仕事は神に見守られている誇るべき仕事だ」「神とは、女神金屋子神のことで、鉄を造る神様である」「人の力でできることはたいしたことではない」「鍛冶屋という仕事は、神さまがわしに下さった仕事じゃ」 浩太は親方から鍛冶屋の仕事について聞くにつけ、ますます心動かされるのだが…。親方の説得で彼は中学に進みはするが、この浩太こそ戦後日本の鉄鋼業界が迎えた危機に際して、それを救ってきた男で、〝鉄の番人〟と呼ばれる伝説の人物。
仕事は神から与えられたものと私はかつて考えたことがあっただろうか。そう本心で自分に問いかけた本だった。木内達朗さんの挿絵も見事で心に残る。
●『親方と神様』
伊集院静 著
木内達朗 イラストレーション
あすなろ書房 1,200円(税別)
六百田麗子
昭和20年生まれ。
予備校で論文の講師をする傍ら本の情報誌「心のガーデニング」の編集人として活躍中。