「中華そば 寿限無」
福岡市中央区高砂1-18-1
11:30~15:00、18:00~21:00(日曜日は11:30~16:00)
定休日は月曜と第2日曜
◎醤油ラーメン 750円
ラーメン屋のBGMとして思い浮かぶものは何だろう。昭和の相場はラジオ、テレビか。平成に入るとジャズをはじめとしてこだわりが出てきたように思う。ただ、落語を流す店の存在はさすがに聞いたことがなかった。
その店の名は『中華そば寿限無』と言う。勿論、古典落語の演目から取っている。メニューは醤油ラーメンのみ。6つのみのカウンター席に腰を下ろし、落語に耳を傾けつつ待った。ほどなくして来た一杯には、ナルト、チャーシュー、メンマに白ネギ、ほうれん草が載る。オーソドックスな中華そばの具材に合わさるのはかすかに濁った褐色スープだ。一口すする。豚と鶏の動物だしが舌を包み、醤油がきりっと引き立てる。麺は若干太めで存在感を醸しつつ、するりと胃袋に収まった。
「子どもの頃行っていた関東の中華そばを僕なりに再現したんです」
店主、千葉光さん(49)はそう言う。埼玉県出身で玩具販売会社に勤める落語とラーメン好きのサラリーマンだった。ところが38歳の頃、会社の縮小に伴って退職することになる。次の人生を考えた時「ラーメンしかない」と思い立った。
決意はしたものの落語噺のように決まった方向へは進まない。「おいしい豚骨を知りたい」と友人を頼って福岡へ。食べ歩きのつもりが『博多一幸舎』で働くことになり、アルバイトのつもりが社員になった。さらに埼玉で開業するつもりが結局9年半勤めた。「めちゃくちゃ忙しくて余裕がなかったんですよ」と笑う。
修行中は福岡で醤油ラーメンを提供する店が増え始めた時期と重なる。同時にかつて親しんでいた味と比べ「何か違う」と感じていた。「キクラゲや青ネギが入る店もありましたから」。その頃は、経験を重ね、本格的に独立を意識し始めた時期。中華そばで、しかも福岡で勝負したいとの思いが芽生えた。平成29年夏に独立を果たした。
九州はスープ、関東は元ダレの文化。千葉さんはそう考える。白濁スープのインパクトで押す九州に対し、関東は清湯スープに合わせる元ダレにこだわる。『寿限無』の一杯は関東の中華そばがベースだが、地元客の舌も意識している。スープを若干強めに煮出し、それに負けないように麺を太めにした。一方の元ダレも甘みを抑えた関東仕様だが、3種の醤油のうち2つは福岡産のものを使う。
落語に話を戻す。同じ噺でも演者によって違うものになり、展開、オチが分かっていても飽きないのが魅力だという。「うちのラーメンもパンチがあるわけではない。でも何度も通いたくなる味を目指しています」。てきぱきとした所作で一杯を創り上げる千葉さんの姿をカウンター越しに眺めた。厨房は千葉さんにとっての高座なのかもしれない。
厨房で作業する千葉光さん
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社文化部記者。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。KBCラジオ「川上政行 朝からしゃべりずき!」内コーナーで毎月第1月曜にラーメンを語っている。