「粉やなぎ」
福岡市中央区平尾2-14-18
11:30~14:00、18:00~24:00(日曜は17:00~21:00)月曜定休
◎クレソンうどん730円、うどんDE中華そば750円
取材を申し込んだ時、小柳公人さん(47)はすぐに頷きはしなかった。「粉やなぎ」のオープンは今年3月。すでに人気店となっていたが取材拒否というわけでもない。逡巡の理由は、店の方向性が定まってないから。「今後変わるかもしれず、今を皆さんに伝えるのも…」。
西鉄平尾駅近く、個性的な飲食店が集まる一画に店を構える。オープン直後に食べたのがクレソンうどんだった。意外ともいえる組み合わせだが、その一体感が新鮮だった。
白神山地産のクレソンは、みずみずしくて柔らかい。そのままでもいいし、スメに浸して食べるのも面白い。「白神山地で食べた山菜がとても美味しくて」。スメは塩味控えめで節系の香りが立つ。平麺は柔らかながら噛み応えと風味がある。
聞けば、書道家として活動した経歴を持つというから驚く。うどんの道に入ったのは33歳。福岡・渡辺通にできた「福岡麺通団」の開店スタッフとして働いた。11年働いた後、春吉にある老舗うどん居酒屋「弥太郎うどん」に入った。その2年間で今の下地ができた。製麺所や乾物屋を回り、小麦の勉強も始めた。クレソンは秋田の卸業者が弥太郎の客だったことで仕入れが実現した。
人生の柱として登山、旅、書道の3つをあげる。クレソンに出会ったのも白神山地への登山だった。山では野草も食べる。時間が空けばハーブ農園やジビエ農家などを旅した。そして「白黒の書の世界と小麦粉、水、塩のうどんの世界はシンプルで似ている。ともにリズムも重要で音楽にもつながる」と言う。
森高千里さんは平成元年に『非実力派宣言』を出し、その中で「歌がヘタよ」「実力がないわ」と歌った。小柳さんは「令和元年デビューの粉やなぎも非実力派です」と宣言する。「うどん屋でしか働いていない人間が和食、フレンチの料理人に勝てるわけがない。だから、自分の得意なことを突き詰めたい」。
開店後、クレソン以外にもミズ、ジュンサイなど秋田産の旬の野菜をうどんに合わせた。細うどん麺を使い、スメに香味油などを加えた「うどんDE中華そば」も好評だ。薬味と醤油で食べる「うどん刺し」など小麦粉にこだわった夜メニューも充実させている。
「『できること』だけでなく、人生の柱から得たものを形にし、進歩したい。今の段階で粉やなぎのイメージをつけられないんです」。
今も、休日にはイチゴ農園などうどんと無関係の場所に赴く。年始は北アルプスに登り、1人で雪洞を掘って過ごすのが恒例だ。ただ星を眺めるためだけにキャンプに行くこともある。
「できること」の先には「小柳さんにしかできないこと」があるのだろう。
店名は小柳公人さんが書した
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社くらし文化部。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。