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世は万華鏡20・置かれた場所で咲いた人

世は万華鏡20・置かれた場所で咲いた人


置かれた場所で咲いた人

ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)は次のように書き出す。

「境遇を選ぶことはできないが、生き方を選ぶことはできる。どんなところに置かれても花を咲かせる心を持ち続けよう」

「置かれた場所」はさまざまだろう。辛い立場、不条理な仕打ち、信じていた人の裏切り。第二志望の学校で悶々としている人、理想とは違う結婚生活に身の不運を嘆いている人、もいるかもしれない。

サラリーマンで不本意な人事を一度も味わわなかったという人は皆無だろう。意に沿わないセクションに配属され、不遇をかこつ…。まばゆい栄光の時をかりそめにも持ったエリートなら、なおのこと「置かれた場所で咲きなさい」とは屈辱と同義の残酷な言葉にさえ聞こえるだろう。

入来祐作。宮崎県都城出身。巨人にドラフト1位で入団したエリートである。闘争心あふれる投球で人気を集め、米国にも渡った。曲折の末、横浜DeNAで2軍の用具係を務めてきた。

その入来がソフトバンクの3軍投手コーチに就任し、指導者の道を歩むことになった。用具係という「置かれた場所」を素直に受け入れた訳ではなかっただろう。まして「花を咲かせよう」と奮い立った訳でもなかっただろう。

だが、グラウンドに蒔いた種は5年の歳月を経て予期せぬ花を咲かせてくれた。記者会見で見せた涙は、自分を忘れてくれなかった工藤公康監督への感謝ともども、言葉に出来ない何かを伝えていた。

昨年12月30日の夜、「プロ野球戦力外通告~クビを言い渡された男達」が放送された。私は毎年この番組にくぎ付けになる。

新人王、1億円プレーヤー、ドラフト1位…。ほんの数年前まで頂点にいた選手への戦力外通告。迫り来る引退という運命に抗い、合同トライアウトで這い上がろうとする男と応援する家族。生き残れるか、敗れ去るか|。

渡辺和子さんは、こうも書く。「どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時は無理に咲かなくてもいい。その代わりに根を下へ、下へと降ろして根を張るのです。次に咲く花がより大きく、美しいものになるために」。

2月、春季キャンプインである。いま、この場所に根を張ること、そして花を咲かせること。その深い意味を教えてくれた入来に、人生の「MVP」の称号を贈る。
(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)

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