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ハットをかざして 第101話

ハットをかざして 第101話

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


ここ三日、誰とも口をきいてない。

天井を見つめ、合板に印刷された木目を追っている。

友は税理士に通ったと聞く、ある者はM商事に決まり、ある者はM重工に、またある者はM銀行に、M地所にと前途が定まり始めていた。

当時、3年の終わりにはほぼ内定を取る、青田刈り、青田決めの時代だった。皆、学食で情報を取り、浮足立ち始める。前途が決まり、学食でにこやかに傍若無人にふるまう者たちが疎ましくなる。世界は自分を中心には回っていない。友がみな我より偉く見える日だ。井の頭公園をただ俯いてブラブラと歩く。チェッと舌打ちをする。自分の後ろ姿のしぐれていく様が見える。

父から、分厚い便りがあった。

結核の治療は順調か、すぐに4年に成るが、今後はどうするか…。胸の病があるから、良いところへの就職は無理だろう…。O銀行なら伝手は有る。県庁も県議の伯父さんの力を借りれば、何とかなるかもしれん…。まず、体を治せ、最悪は店を継いだらどうだ。

あんな田舎町の店が継げるか。何のために東京にまで出てきたのか。何のためにシナリオの学校に行っているのか。何のためにコピーライターの学校に行っているのか。井の頭公園を突っ切り、下連雀方向へ歩く。数寄屋造りの家が続く。どの家の庭にも、山茶花と侘助の花が白を競っている。他国の冬は初春と云えども淋しいものだ。太宰治がスタコラさっちゃん(山崎富栄)と入水した玉川上水までぶらつく。人間は青春と云う、暗く辛い不安な時期を通過しなくてはならないのか。汚い衣に包まれたさなぎの時期を耐えなければ羽化できないのだろうか。果たして羽化自体、自分にあるのだろうか。そんなことを考えながら、むらさき橋からじっと川面を見つめていた。

父に手紙をしたためる。田舎へは帰らない。東京でやりたい。銀行も嫌だ、公務員も嫌だ。何の当ても、何の力もないのに、自分の事は自分でやると啖呵を切ってしまった。

再び手紙が来た。

Y新聞の論説を書いていた伯父さんを頼れの文面だった。遠縁も遠縁で今日まで会ったこともない人だ。すでにリタイヤーしているが、まだ力は有るとの内容で連絡先を記していた。約束を取り、大手町の社友会クラブで会うことになった。彼はチャコールグレイの上質のスーツに、黒の細い蝶ネクタイをしていた。ソファーに糊のきいた白のカヴァーが掛けられた品格のある落ち着いたクラブで、碁盤が卓上にあるテーブルが何台か置かれていた。白髪をポマードで美しく梳り、飴色の鼈甲の眼鏡をしていた。袖から覗くカウスも同じ鼈甲だった。「何系の記者を志望するか」と問われ、文化部系の記者をと云うと、「だめだ、記者を志望するのなら、政治部でなくてはいけない」と厳しい眼で諭される。

「政治部記者志望で受け、第一次の筆記試験だけは通過しなさい。合格後、また来なさい」と言われた。

君なんかは受かりはしないよ、の腹の声が聞こえた気がした。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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