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ハットをかざして 第105話

ハットをかざして 第105話

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


昭和45年度、希望の映画関係の募集はなく、出版、広告関係に的を絞った。

I社、B社、S社や、法律書中心のU社あたりは東大が主力であり、中々私大では難しい。とくに編集職希望となれば募集人員も少なく、益々難関である。

先ずK社から受けた。

試験問題は時事も一般教養も英語も、捻くってなくノーマルである。作文が1時間で原稿用紙3枚、お題は「カオス」だった。「カオス」から感じることを書けばよいのである。子供の頃、両親によく連れて行ってもらった別府の坊主地獄が脳裏に浮かんだ。人は生まれ落ちた宿命に抗うことはできず、その宿命と云う条件戦の中で生きて行かざるを得ない。宿命自体がすでにカオスであり、諦めて従順に今生を生き抜くことこそがカオスを生きる事であり、最後は皆、ドロドロの坊主地獄に消えていく。記憶を辿ればそんな節の事を書いた。K社の近くの高校を借りての試験で、作文が出来た順に帰宅できる。試験会場の出口に人事部の若い社員がいて、一人ずつに封書を渡してくれる。表に交通費と印字してある。中に伊藤博文の1000円札が入っていた。今に換算すると、5000円くらいだろう。ちょっとしたバイトよりも割が良かった。

一次は受かり、後日、二次の面接となった。6人ほどが面接者である。40歳前後で有ろうか、皆、出版物や月刊誌、週刊誌の編集長とのことで、中央の蓬髪眼鏡が主に質問してくる。

「作文はトップだったと思います。石原慎太郎さんの文体に似ていますが、意識していますか」

「いえ、いくつかは読んでいますが、意識したことはありません」

「何を読みましたか」

「やはり、『太陽の季節』を」

「いかがでしたか」

「障子を破瓜するところなどは、児戯に溢れており、笑ってしまいました。最後の祭壇に灰を投げつけるところは、先が読めてしまい着地が安易だったように思います。映画も観ましたが、長門裕之では湘南ボーイの感じが出ていなかったように思います」

「いくつかと仰ってましたが、あとは何を」

「好きなのは『処刑の部屋』です。リンチの先の肉体的痛みは、ある種マゾ的恍惚でさえあるように思いました。太陽より、ずっと好きです。映画も川口浩の方に太陽族的雰囲気があったと思います」

「映画も好きなんですね」
と面接者は蓬髪を掻き上げた。

あとは支持政党の質問だった。自民党ではあまりにも保守的で学生らしくなく、社会党では心証が悪いと考え、中間の民社党と答えた。春日一幸語録を頭に入れており、支持の理由は十全に云えた。あと購読紙の質問があり、東京新聞と答える。文化面の充実を伝えた。

帰りにまた伊藤博文入りの封筒を貰った。作文を褒められたので受かったと高を括くったが、落ちた。面接態度が不遜だったか、それとも冗舌に過ぎたか、はたまた民社党か、落ちた理由はカオスのままだ。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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