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ハットをかざして 第106話

ハットをかざして 第106話

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


新聞にS出版社の公募があった。編集、営業、経理の募集である。編集で応募する。一次試験は御茶ノ水の大学の教室を借りていた。一般教養、時事問題、英語、そして作文である。一般教養は国語、歴史、生物、中学程度の数学が中心で、時事は新聞を精読、とくに社説を読み込んでいれば大丈夫。英語は高校レベルである。当時、ヒーローだったラルフ・ネーダーの消費者に対する企業の社会還元論の読解だった。

さて最後は作文である。お題は、「宇宙・お墓・野坂昭如」この三つの言葉を相関させて、原稿用紙3枚にお話を作れと云うものだった。時間は1時間である。

まず、話の構成を考える。舞台は青山墓地、深夜、墓地は左右にスライドし、地下はアンドロメダ星の地球基地とした。野坂昭如はア星から地球に送り込まれたスパイで、地球での生業は作家である。墓地の地下工房には有為のア星の文学青年たちが送り込まれており、野坂先生のゴーストライターをやっている。先生は自宅の応接間に各社の編集マンを待たせたまま、夜な夜な書斎の窓から抜け出し、銀座の「エスポワール」や「おそめ」といったクラブで、政財界人や外交官、各国大使、作家文化人らと交流し、得た情報を本国アンドロメダ政府情報室に送っている。丑三つ時に墓地に寄り、若者たちから原稿を受け取り、ご帰還するのである。構成はできたので、目立つためにあえて野坂流の文体で書くことにした。泉鏡花風と云うか、江戸戯作文体と云うか。牛のよだれの様にダラダラと長々しい饒舌体とし、時々体言止めでリズムとテンポを作った。1時間掛からず3枚を仕上げ、帰りにまた交通費の封筒を貰った。いずこも同じで伊藤博文が一枚入っている。得した気分で、御茶ノ水駅聖橋近くの純喫茶に入った。ニコライ堂の塔屋が見え、青空に鳩が二羽舞った。一次は通ったと確信し紫煙を燻らせた。

果たして、一次通過の電報が来た。

面接はS出版の会議室だった。面接者は5人、すべて40歳前後の編集長級である。
5人ともスーツではなく、上質のジャケットを羽織り、オシャレな柄のネクタイをしている。
メガネのフレームも高級そうで、ダンディな会社だなと憧れた。

「作文は非常にアイデアがあり、筋立ても面白かったですね。わざと野坂さんの文体にしましたね」
「はい」「もともと、よくマネするのですか」
「いえ、初めてです。とっさのアイデアでした」「野坂さんの小説は何が好きですか」
「骨餓身峠死人葛、です。読み終えて、あまりの凄まじさにしばらく放心していた記憶があります」
「この作文のアイデアは、ソ連のエフレーモフに似ているのですが、意識しましたか」

私は「エフレーモフ」を知らなかった。

「知りません、作家ですか」
「SF作家ですよ」

知らないことで、狼狽した。おだてられて、ハシゴを外された。挽回しようと、狐が憑いたように喋りつづけたが、S出版は落ちた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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