我々の学生時代に、まだ「同棲時代」という言葉は無かった。
されども現実はすでに同棲時代だった。荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺、東中野あたりの安アパートで暮らす上京組は、人肌への恋しさもあったが、一人より二人の方が経済的にも安上がりなことを知っていた。安アパートの薄い壁、声を殺すように暮らし、四六時中、春の蛇の如くに絡まりあっていた。避妊も雑で、妊娠しては産婦人科へ行き、掻把していた。
名古屋から来ている同じ経済学部の友が訪ねてきた。ロングヘアーのゴーゴーガールの娘と同棲していた。背が高く、足が長く、ホットパンツにロングブーツを履いていた。
「結婚しようと思うんだ」
「彼女とか…ウーム…俺はあまり…」
「うん、俺もあまり長くはもたない気がするんだ…」
「じゃあ、やめとけよ」
「それが…」
友はいきさつを話し始めた。
「もう2回も中絶をさせたんだ、向こうの母親が知って、えらい剣幕で責任を取れという」
「父親は…」
「いや、母子家庭で、まだ高校生の弟がいるくらいだ」
「だいたい、ゴーゴー喫茶で知り合って、すぐ同棲だろう…どうかな、彼女、ちゃんと奥さんをやれるか…」
「医者からも、おどされているんだ。2回まではオペをするが、もし3回とかなれば、彼女はもう一生お子さんは望めないよって」
「3回目はダメなのか」
「それを母親も知って、乗り込んで来たんだ」
「同じ学部のA、知ってる?あのキザなアイビー・ボーイ。あいつ今、赤ちゃん抱っこして学校に来てるよ。女房は法学部のHだ。二人で交代で講義に出てる。あれはあれで、許せる姿だな…。じゃあ、今度、妊娠したら挙式だな。それでいいんじゃないか」
「問題は故郷(くに)の親なんだ。どう説得したもんか…」
「簡単だ、名古屋に彼女を連れていけ、なるべく地味な姿で…で、お腹に子がいると云えばいい…まさか大正生まれの両親がおろせとは言わないだろう」
「勘当に成るかもしれない…」
「たぶん、子ができていると成れば、彼女に済まないという気が先だって、勘当にはしない。
よしんば、そうなっても覚悟して働けよ。早く、美容師の免許を取れよ」
友は大学に行きながら、夜間、青山の美容学校に通っていた。相談のお礼にと、その日、私の頭にパーマを掛けてくれた。細いロットできつくギシギシに、40本くらい巻いただろうか。オデコから襟足にタオルを巻き、ヌルヌルのコールド・パーマ液で浸した。しばらくこのままで、頭はあした洗ってくれと云い、阿佐ヶ谷の天沼へ帰って行った。
この日から入社日まで、私の頭はまるでレイモンド・ラブロック(映画「ガラスの部屋」主演)のようになっていた。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)