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ハットをかざして 第125話 グッドバイ

ハットをかざして 第125話 グッドバイ

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


アパートを出て、井の頭公園まで徒歩2分。公園内の奥、井の頭自然文化園の一画に彫刻家北村西望のアトリエがある。俗に御殿山とも云う。大地からタケノコのように生えた三角形の建物である。そこに北村の手による長崎の平和記念像の原型がある。

半世紀前、小6の時、修学旅行で長崎へ行った。原爆資料館でピカドンのあまりの酷さに打ちのめされた。続けて永井隆博士の「如己堂」(にょこ堂)に引率された。畳二畳ほどの狭い家屋で、博士はここで文を書き、祈り、病いと闘った。「長崎の鐘」や「この子らを残して」という名著を残した放射線医師であり、敬虔なクリスチャンである。子らに残した言葉がある。

「良いことは人に分からないようにするんだよ」
良いことは目立つように行い、悪いことは隠れてするものと思っていた。良いことこそ人知れず行うことと知り、今も肝に銘じている。次に平和公園に行き、まだ出来て数年の「平和記念像」を見た。右手は天を指し、左手は水平に平和を願っている。目は軽く閉じてあり、原爆被災者の冥福を祈っている。白く堂々とした神々しい像だった。まさか、北村西望のアトリエがこんなに近くにあるとは知らなかった。

大学3年までは、三鷹市井の頭4丁目の下宿に暮らしており、武者小路実篤邸は確か3丁目ですぐそばにあり、時々、井の頭公園で散歩中の文豪に遭遇していた。
同じく下宿の真ん前には芸大の江藤俊哉ヴァイオリン教授の家があり、日曜日ともなれば全国から天才少年少女が習いに来ていた。

御殿山から下連雀の方に足を延ばす。この一帯はまだ武蔵野の雑木林の風情が残っており、その一角に、実に素敵な洋館があった。家の左右がアール・ヌーヴォーの欧州スタイルの憧憬の家だった。外国人の家だと思ったが、何の表札もなく、界隈の人に尋ねると「波」や「真実一路」を著した山本有三邸だと聞いた。私は永井荷風や谷崎潤一郎、川端康成が好きで、山本的教養主義、下手をすれば偽善主義はあまり好きではなかったが、こんな凄い家に暮らしていたとはつゆ思わなかった。「路傍の石」からはとても察しられないゴージャスな館だった。

ここから足を北西、三鷹駅方向へ向ける。太宰治が山崎富栄(太宰が付けた綽名「スタコラさっちゃん」)と飛び込んだ玉川上水へ出る。なぜ飛び込んだのか、女の無理強いか、女への憐憫か。女から「一緒に死んでくれる」と乞われたら、おおように「俺でいいのかい」「俺で良けりゃいいよ」と答えきれない男は下の下である。太宰は何度か女を裏切っているが、最後の最後は男の中の男になった。太宰は井の頭公園や下連雀界隈をよく小説やエッセイに取り入れている。井の頭の池や春の桜、茶店のお汁粉が、彼の執筆の筆休めとなっていたのだろう。
夭折、憧れる言葉だ。

「グッドバイ」と二人が飛び込んだ当たりの川面に独り言ちて、踵を吉祥寺方向成蹊通りへ返した。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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