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ハットをかざして 第132話 憧れのジイ様たち

ハットをかざして 第132話 憧れのジイ様たち

中洲次郎=文 やましたやすよし=イラスト


二十歳の頃に、すで三十歳と云われていた。悪い気はしなかった、早く老人に成りたかったからだ。太宰治の27、8歳の頃の写真を見た。呆然と青ざめており、すでに50歳代の域に達していた。あれほど芥川賞が欲しいと、佐藤春夫ほかにお願いしていた野心は感じなかった。枯れていると云っていいだろう。野心は生きて行く上には邪魔だ。枯れることは諦念であり、諦念は人の心を楽にさせる。老成に憧れた。

老成するには憧れのジイ様たちの生き方を追い求めるしかないと思った。男女の在り方は金子光春に、吉祥寺の成蹊大学近くに暮らしており、着流しで尻端折りをし、白のクレープのステテコ姿でヒョコヒョコと歩いていた。森三千代という老妻を連れていた。他の女性に会いにいくときは、脱脂綿とアルコール消毒液をもって会いに行ったと本で読んだ。オチャメで猥褻なジイ様だった。

映画は二葉十三郎に教わった。ペダンチックで難解なものを認めず、大衆性のある分かりやすい物を評価していた。雑誌スクリーンの「ぼくの採点表」は必ずマークし、彼が☆四つを記した作品はすべて観ていた。評価軸をたくさん持ったジイ様だった。

麻雀は阿佐田哲也に教わった。阿佐田はよく中央線阿佐ヶ谷駅北口左の東南荘で打っていた。教わったといっても、直ではない。週刊大衆の「麻雀放浪記」からである。アパートの深夜、徹夜で積込みの稽古に明け暮れていた。

JAZZは植草甚一に教わった。おかげで退屈だったモダンジャズにも身を委ねられるようになった。氏はよく新宿のDUGに居た。つばの狭い小ハットを被り、上下異なる柄物の服で身を固めていた。ファッションはとても真似をできなかった。

文章は吉行淳之介に教わった。弥勒菩薩のような美しいお顔立ちで、いつもタートルネックの黒を着用していた。『驟雨』『原色の街』などを原稿用紙に引き写し、冒頭の入り方、登場人物の紹介、主人公と脇役の心模様、会話の表現、周辺の景色、点丸の打ち方、改行の仕方、場面転換などを自分なりに研究模倣させてもらった。

ファッションは古波藏保好に教わった。よく四谷市ヶ谷あたりを散策していた。やりすぎくらいダンディなお洒落だったが、見事に着こなしていた。簡単に言えば、映画『スティング』時代のファッションである。私が社会人になってハットを被るのは彼の影響だ。

詩は秋山清に教わった。よく新宿コマ劇場近くの『かくれんぼ』(鈴木清順監督の奥様の店)で妙齢の着物姿の美しいご婦人と飲んでいた。そばで飲めるだけで嬉しかった。あと一人、田村隆一にも教わった。長身のダンディで、トレンチコートが良く似合っていた。

当時のジジイたちに多くの物を頂いた。みんなとにかくカッコ良かった。早く歳を取り、あんなジイ様に成りたいと願っていた。あ、でも内田百閒の如きひねくれたジイ様も、いつもストリップ小屋の楽屋で裸の踊子たちを見つめている永井荷風のような狒々ジイ様も、小林秀雄のように友人の女性を奪うジイ様もいいなぁ、とも思っていた。

中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)

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