越後塩沢の商人鈴木牧之※1は、縮織物問屋で、江戸の文人たちと交流があった。その著作『北越雪譜』に、正月行事の「雪中花水祝い」が紹介されている。博多山笠の追い山起源の参考になるわけで。
追い山の始まりは、貞亨4年※2におきた土居町と竪町の喧嘩だった。土居町の娘が竪町に嫁ぎ、年が明けた正月に、新夫婦が嫁の実家に初入りした。すると土居町の若者たちが、婿に笹水を浴びせ、桶ぶせまでやった。それで、両町の喧嘩になった。さあ、半年後の山笠、土居町の土居町流※3は三番山、竪町は石堂町流※4四番山だ。三番山の昼飯中に、あと山の四番山は飯抜きで追いこそうとした。三番山は弁当を放りだし、山をかついで追いつ追われつ。
というのが、追い山のはじまり。注目は、「笹水・桶ぶせ※5」。実は、新婚の婿を「水祝い※6」するのは全国的風習なんだそうだ。はじめは、祝いごとであったのが、「婿いじめ」に変化していったのだという。そのことも「雪中花水祝い※7」は書いている。和本10ページ分を手短かにご紹介しよう。
〈花水祝いは越後魚沼郡※8の宇賀地神社の正月15日※9、新婿に神水を賜る神事。大名行列のような神使※10が新婿の家にいく。雪上で儀式があり、神使が退出すると、待っていた踊りの行列※11がくりだす。
婿は、水を入れた新しい手桶二つを用意、雪の上に新しい筵を敷いて座る。その周囲を踊り手たちが「めでためでたの若松様は…」と歌い踊る。水掛け役二人が婿の頭へ手桶の水を左右から滝のように浴びせる。周囲の者はめでたしめでたしと祝う。婿は家へ飛び込み、踊りも家へ押し込んで踊り歌ってから、どろどろと[原文ママ]立ち去り、他の婿の家へ向かう。この行事は室町時代に武家の風習として発生し、庶民も真似るようになった〉
そして、「貝原先生の歳時記には松永弾正※12が婚時より起るといへり」と書いている。けれど、谷川士清※13の『倭訓栞』では、白河天皇の中宮賢子が懐妊した時、賢子の養父藤原師実が天皇に水をかけてあきれさせた、とか。貝原益軒の説より400年は古い。
「雪中花水祝い」にはつづけて、〈江戸でも宝永※14の頃まで水祝いが盛んで、「婿に恨みある者、事を水祝いによせて…狼藉をなす…人の死亡にもおよびし事しばしばなりしゆえ」、正徳※15のころ国禁になった〉、と書いてある。
全国的に結婚には親や村・町役人のほか、若者組の承認も必要だったらしい。けれど、江戸幕府は若者組を押さえこもうとした。その反発から、婿祝いが婿いじめに変化し、国禁となった、という流れなんだ。
それが追い山につながったわけで、博多山笠ったら、時代の変化をてこに、なおさら面白くしちゃうんだもんね!ユネスコの文化遺産に登録されたけど、これからの展開も楽しみだな。
※1)鈴木牧之…1770?1842。山東京伝・滝沢馬琴・十返舎一九・大田蜀山人らと交遊。
※2)貞享4年…1687年。将軍綱吉の時代。翌年元禄に改元。
※3)土居町流…現・土居流。昭和の大合併に関連して昭和41年の町界町名変更により土居町の名が消え、土居流に変更。同じ理由で東町流は東流、西町流は西流となった。
※4)石堂町流…現・恵比寿流。
※5)笹水・桶ぶせ…博多のみの名称か、事典類にみない。
※6)水祝い…婿に水をかけるのは、男=陽=火に、女=陰=水をかけて子をつくらせようというまじないで、妻の火をとめる=月経を留める=妊娠のこと。
※7)雪中花水祝い…全文読み下しと現代語意訳を私のFBでご紹介(正確さ保証不可)。復活した花水祝いの祭りがYouTube動画にある。猿田彦と天之鈿女命が笹で水を婿にかけている。
※8)越後魚沼郡…ご存知コシヒカリの産地。
※9)正月15日…小正月。新年はじめての満月。博多松囃子(どんたく)も明治以前は小正月の行事。
※10)神使…じんしと原文にルビ。「その行装は先挟箱二本・道具台・笠立て・傘・弓二張・薙刀。神使、侍烏帽子・素襖。次に太刀持・長柄持・傘さしかくる供侍二人・草履取。跡槍一本。…次に氏子の人々大勢麻上下にて隨う」。
※11)踊りの行列…一番が傘鉾、二番が面をつけた天之鈿女命・猿田彦役。三番は山伏の法螺貝。四番に着飾った小児の警固と、麻裃に杖の大人の警固。五番に踊りの者たちがはでな浴衣で入場。
※12)松永弾正久秀…主家を滅ぼしたり将軍義輝を殺したりの下克上の典型武士。弾正は官職で7階級あり、久秀は三番目の弾正少弼(しょうひつ)。
※13)谷川士清…『倭訓栞』93巻は日本最初の五十音順近代的国語辞書。安永6年(1777)から明治20年(1877)にかけ刊行。
※14)宝永…1704~1711
※15)正徳…1711~1716
長谷川法世=絵・文
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