明治150年ということで、久しぶりに川上音二郎の新しい本が出た。『オッペケペー節と明治※1』だ。本のキャッチは「元祖ラップミュージック※2」。
オッペケペーで思い出した。三番目の歌詞の「みそかのことわりカメだいて※3」だ。「カメ」というのは今年の干支の「犬」、それも「洋犬」のことで、明治の流行語だった。外国人がつれてきた飼い犬を「Come here」と呼ぶ。それが日本人には「カメ」と聞こえて、洋犬のことだと思ったんだね。
さて「みそかのことわり…」だけではなんだから、三番の歌詞をすべてご紹介。原文は平がなばかりなので、適宜漢字に変えてみる。
〽亭主の職業は知らないが、おつむは当世の束髪※4で、ことばは開化の漢語※5で、晦日(三十日)※6の断りカメ抱いて、不似合いだ、およしなさい、なんにも知らずに知った顔、むやみに西洋を鼻にかけ、日本酒なんぞは飲まれない、ビールにブランデー、ベルモット、腹にも慣れない洋食を、やたらに食うのも負け惜しみ、内緒で後架でヘド吐いて、真面目な顔してコーヒ飲む、おかしいね、ヱラペケペッポー、ペッポッポー
西洋かぶれの奥さんが、洋風髪で漢語を使い、月末集金来たならば支払い延期も洋犬抱いて、きどった洋酒に洋食で、慣れずにトイレでゲロ吐いて、すましてもどって席につき、コーヒー飲むのがおかしいね…。
「かいかのかんご」(原文)の意味は、『明治のことば※7』という本が説明してる。「日本語化した中国語-すなわち漢語」「千年ほど前に大陸文化を摂り入れた際にも、また、新しく西欧文明を摂り入れた際にも…新しい西欧語を漢語化し…日本語の学術用語として帰化させた」という。
さて、音二郎の本を買った時、古書市をやっていた。中勘助の「犬」の文庫本があった。人間の情欲を描いておどろおどろしい作品だ。中勘助※8の代表作は、美しい静やかな自伝的小説「銀の匙」で、平がなだらけの作品。比べて「犬」は、それこそ漢語をたくさん使っている。オッペケペー節だって、開化の漢語を笑っているのに、一番二番の歌詞はやたらに漢語だらけ。矛盾してる。だから、明治はおもしろい。
犬に関する本なら、江戸時代に犬がひとりでお伊勢参りをしたという話を集めた仁科邦男著『犬の伊勢参り』や、古典的なジェイムズ・サーバーの犬の本もいいな。猫ブームだけど、今年は犬も楽しもう。
※1)オッペケペー節と明治…永嶺重敏著・文春新書H30・1・20刊。
※2)元祖ラップミュージック…音二郎がラップの元祖とは、30年くらい前に岡山大教授が学生の頃書いた論文だと思う。
※3)みそかのことわりカメだいて…晦日の断り(月末の集金延期の断りするのに)カメ抱いて。歌詞が7番まで載っている有名な版画「川上音二郎書生演劇」小国政作では、3番以下は平がなが多い。みそかの…も原文のママ。
※4)束髪…明治18年婦人束髪会が発足し、軽便・衛生的として広まった。
※5)開化の漢語…維新の思想的根拠は国学であり、やまと言葉を使うべきだとして漢字漢語を排斥していたが、明治になって西欧の思想や法令を訳すには漢語を使用するほかないという矛盾が起きた。『明治のことば』によれば、たとえば、SOCIETYの訳語「社会」が普及したのは明治10年頃、定着するまでに次のような類語が使用されたという。会・公会・仲間会社・衆民会合・社・結社・社友・社交・社人・社中・交社…(あと30語ある)
※6)三十日…陰暦の1か月は30日まで。月末は晦日、年末は大晦日。1873年1月1日(明治6年1月1日)から陽暦が導入されていたが、日常的には陰暦の習慣が残っていた。
※7)明治のことば…斎藤毅著・講談社学術文庫。
※8)中勘助…東京生まれ。明治18年~昭和40年。一高・東京帝大で夏目漱石に学ぶ。『銀の匙』は漱石が絶賛して東京朝日新聞に推薦、連載後大正10年刊。
長谷川法世=絵・文
illustration/text:Hohsei Hasegawa