とある地方球場のベンチ裏で、ぎょっとする光景に出くわしました。ユニホームへと着替える選手の左脇腹あたりに縦一列、なんとも痛々しい数個の丸い痣が並んでいたのです。赤黒いの、黄色いの、紫色の…。死球の跡です。もっとも、当の本人は「これ?よけ方がうまい証拠ですよ。勲章みたいなもんです」と自慢げな笑み。その選手、現役時代のホークス・小久保裕紀監督です。
石のように硬いボールを体の前面で受けてはいけません。瞬時に脇を締めて身を固め、体をよじって背中側で受けるのが大けが回避のテクニック。しかも強打者ほど内角ぎりぎりを攻められます。なるほど、脇腹に並んだ痣は勲章なのかもしれません。
こうした死球などのアクシデントとはまた別に、ほぼ全ての選手が体のどこかに不調を抱えています。肩、ひじ、ひざなどの慢性的な痛みです。ベストの状態で臨める試合などごくわずか。小久保選手は腰痛とも闘いながら試合に出続けていました。名を成す選手は、だいたい痛みに強い男なのです。
さて、そんな体の悲鳴を球界では「張り」や「違和感」とも表現します。太もも裏の張り、肩の違和感などなど。ある球界OBによれば「プロが違和感や張りと口にした時点で、もはや常人には耐えがたい痛み」なのだとか。張りも違和感も〝立派な〟故障というわけです。
でも、張りと違和感の症状や痛みはどう違うのか。素人には、もうひとつ分かりません。そこで以前、野球解説者の西村龍次氏に尋ねたことがあります。すると…。「同じような症状を、張りと言う選手もいれば、違和感と言う選手もいます」。さらに私の腕を軽くつまんで「これを違和感と言う者もいれば」、そこから力を入れてギューッとひねりつつ「これを違和感と言う者もいるんです」。
ちなみに球界で違和感というフレーズを使い始めたのは、西村氏のヤクルト在籍時の同僚投手だそう。「オヤジが『違和感って何や。投げられるのか、投げられんのか』と怒っていましたよ」。オヤジとは、大ベテランの野村克也監督です。
そこに、最近は「コンディション不良」という表現も頻繁に使われるようになりました。それも肩や腰といった具体的な部位は伏せて「上半身の―」や「下半身の―」と。下半身のコンディション不良なんて、いらぬ想像が頭に浮かんできますが…。
結局のところ、やはり他人の痛みを分かるのは難しい。とはいえ、言うまでもなく故障者の数はチームの成績に直結します。分かりづらい他人の痛みも把握しつつ、うまく切り盛りしないといけません。となれば、ベンチや球団フロントの〝コンディション不良〟は御免被りたいもの。もちろん通訳もね。
死球を脇腹付近に受ける現役時代の
小久保裕紀監督:2011年、大阪ドーム
文 富永博嗣
西日本新聞社で30数年間、スポーツ報道に携わる。ホークスなどプロ野球球団のほか様々な競技を取材。今年3月に定年を迎え、現在は脳活新聞編集長。