コピーライターをなりわいとして、いつも心にとどめていたことは故淀川長治先生(映画評論家)の言葉である。
「一つの言葉でけんかして、一つの言葉で仲なおり、一つの言葉でお辞儀して、一つの言葉で泣かされた」
一つの言葉の力を信じて、キャッチフレーズづくりに腐心してきた。笑わせたり、泣かせたり、驚かせたり、言葉の力が人々の心を和ませ、ひいては財布のひもを緩ませる。言葉が市場を作っていく。堅い、重いはダメ。軽く、明るく楽天的に―を心がけた。
SNS、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌に並んで、広告もマスコミのひとつと言われるが、それは違う。広告はマスではなく、マン・ツー・マン・メディアなのだ。人の心の中に入っていかなくてはならない。
一年間で競合プレゼンに30連勝したことがある。絶対負けないプレゼンの要諦(ようてい)は、クライアントのオリエンテーションを逸脱すること。オリエン通りの答えならば、広告会社に任せる必要はない。受ける側も面白くないだろう。オリエン以外の何かを期待しているから何社も呼ぶのである。
要諦は、まず社内会議で落とした案をすべてさらすことだった。なぜわが社はこの案を落としたのか、30案ほどを一枚のシートにサムネイル(小さな絵とキャッチ)で描き説明する。で、落とさなかった案を3本ほどカンプ(仕上がりをイメージした絵とキャッチ)と、コンテ(TVCM台本)にしてプレゼンする。森よりも木、私は木の一本一本に光を当てた。
あれも伝えて、これも伝えてという欲張りなオリエンで、私はあえて訴求点は一本に絞った。いろいろ入れると散漫となり、伝わらない。あと、商品のことより、それを使う人々の心もようを描いた。クライアントが案を決定するのであるが、その向こう側のお客様の心を打たなければ買っては頂けない。マーケティングとか難しいことをいうが、家族や町の人々をよーく見ていれば、その中にマーケティングの答えはある。
もひとつ、落とした案を説明しておくと、他の競合会社からそれに近い案が出ているかもしれない。うちが社内会議で落とした案をクライアントは拾ったりはしない。よって他社案も切り崩せる。
歌人・斎藤茂吉が写生道の中で、写生が最も大事だと云っている。では何を写生するのか、それは人だと。写生の文字の真ん中に人の字を入れる。すると「写人生」となる。つまり、短歌は人生を写生するのだと。これは広告のコピーもまったく同じだ。買っていただく人の人生を描けば、きっと共感し好きになってくれる。
30連勝した年のボーナスは過分なものだった。暮れに帰省したとき、親父からボーナスの額を聞かれた。いくらいくらと言うと、親父はしばらく黙り込み、「おまえくらいの仕事で…」とあきれられた。
中洲次郎
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞TNC文化サークル」にて。
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