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ハットをかざして 第187話 コンボ回想

ハットをかざして 第187話 コンボ回想


 結婚し、子供を二人もって、私は摩耗していった。中原中也の「頑是ない歌」ではないが、「今では女房子供持ち 思えば遠くへ来たもんだ 此の先まだまだ何時までか 生きてゆくのであろうけど」。女房子供はこの世の人質、男がアウトローの痩せ我慢では世間を通せなくなる。家族の糧を稼ぎ、家に持ち帰る。上司に頭を下げ、クライアントに這いつくばり、牙は抜かれ、お追従笑(ついしょうわら)いなどができるようになる。宦官か、あれほど「無頼派で生きていくんだ!」とシャウトした学生時代はどうした。福岡に流れて7年、私はこの街で小さくまとまりつつあった。

 残業を終えると、まっすぐ家へは戻れない。どこかで唾棄(だき)すべき自己嫌悪を溶かさなくてはと、街をさすらう。当時、天神の北にカワムラという家具屋があり、その裏通りのにちりんビルに、「コンボ」というモダンジャズの店があった。入ると常に一番奥の左側のでかいスピーカーの前に座った。来てる客は皆青白く、どこか悄然(しょうぜん)とした客が多かった。皆、この世に生まれてきたことを悔いているようにみえた。メーカーズマークをショット・グラスでカウボーイのように飲み干す。まさにレフト・アローン(ひとりぼっち)だった。

 ある晩、店のしまいがけにマスターから声を掛けられた。

 「どこか、一杯、行こうか。おごるよ」

 名前は有田平八郎さんと云い、名前の通り、対馬沖海戦の東郷平八郎司令長官に目が似ていた。中洲まで風に吹かれて歩き、那珂川べりの屋台に連れていかれた。

 「ところで、何やってる人だっけ?」

 「あ、広告屋です。コマーシャルとか作っています」

 「そう、そういえば、よくマイルス・ディビスを聴いてるね。『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』とか、『So What?』、死刑台のエレベーターの『シャンゼリゼの夜』とか」

 「ええ、ダークサイドに潜んでいられるような、どこか不安な曲が安心します」

 「どうして」

 「学生時代の自分に戻れるような気がして」

 「ふーん。シャンゼリゼをよく聴くのは、ジャンヌ・モローが好きなの」

 「いえ、女優は、フランソワーズ・アルヌールが好きです」

 「おっ、『ヘッドライト』かい。こんど山下洋介トリオを呼んでるから、時間があったらおいでよ」

 「一度、新宿のキャットという店で聴きました。ラストにひばりさんの曲をやりますよね。あれで今まで沈潜(ちんせん)していた客たちが大乗りに乗るんです」

 「ああ、うちでもやるかもね、キャットでは何をやった」

 「『越後獅子の唄』でした。♪笛にうかれて逆立ちすれば、っていうやつです」

 美空ひばりで乗る、やはり日本のジャズ・ファンたちは、どんなに陰鬱(いんうつ)に気取っていても、ひばりの曲で覚醒しサニーサイドに戻っていく。

 「ひばりちゃんの唄は、『日本人のJAZZであり、ブルース』だからね」

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