結婚し、子供を二人もって、私は摩耗していった。中原中也の「頑是ない歌」ではないが、「今では女房子供持ち 思えば遠くへ来たもんだ 此の先まだまだ何時までか 生きてゆくのであろうけど」。女房子供はこの世の人質、男がアウトローの痩せ我慢では世間を通せなくなる。家族の糧を稼ぎ、家に持ち帰る。上司に頭を下げ、クライアントに這いつくばり、牙は抜かれ、お追従笑(ついしょうわら)いなどができるようになる。宦官か、あれほど「無頼派で生きていくんだ!」とシャウトした学生時代はどうした。福岡に流れて7年、私はこの街で小さくまとまりつつあった。
残業を終えると、まっすぐ家へは戻れない。どこかで唾棄(だき)すべき自己嫌悪を溶かさなくてはと、街をさすらう。当時、天神の北にカワムラという家具屋があり、その裏通りのにちりんビルに、「コンボ」というモダンジャズの店があった。入ると常に一番奥の左側のでかいスピーカーの前に座った。来てる客は皆青白く、どこか悄然(しょうぜん)とした客が多かった。皆、この世に生まれてきたことを悔いているようにみえた。メーカーズマークをショット・グラスでカウボーイのように飲み干す。まさにレフト・アローン(ひとりぼっち)だった。
ある晩、店のしまいがけにマスターから声を掛けられた。
「どこか、一杯、行こうか。おごるよ」
名前は有田平八郎さんと云い、名前の通り、対馬沖海戦の東郷平八郎司令長官に目が似ていた。中洲まで風に吹かれて歩き、那珂川べりの屋台に連れていかれた。
「ところで、何やってる人だっけ?」
「あ、広告屋です。コマーシャルとか作っています」
「そう、そういえば、よくマイルス・ディビスを聴いてるね。『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』とか、『So What?』、死刑台のエレベーターの『シャンゼリゼの夜』とか」
「ええ、ダークサイドに潜んでいられるような、どこか不安な曲が安心します」
「どうして」
「学生時代の自分に戻れるような気がして」
「ふーん。シャンゼリゼをよく聴くのは、ジャンヌ・モローが好きなの」
「いえ、女優は、フランソワーズ・アルヌールが好きです」
「おっ、『ヘッドライト』かい。こんど山下洋介トリオを呼んでるから、時間があったらおいでよ」
「一度、新宿のキャットという店で聴きました。ラストにひばりさんの曲をやりますよね。あれで今まで沈潜(ちんせん)していた客たちが大乗りに乗るんです」
「ああ、うちでもやるかもね、キャットでは何をやった」
「『越後獅子の唄』でした。♪笛にうかれて逆立ちすれば、っていうやつです」
美空ひばりで乗る、やはり日本のジャズ・ファンたちは、どんなに陰鬱(いんうつ)に気取っていても、ひばりの曲で覚醒しサニーサイドに戻っていく。
「ひばりちゃんの唄は、『日本人のJAZZであり、ブルース』だからね」
有田さんもひばりさんが好きそうだった。
中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
①4月からの新講座「日本文学映画」研究 受講生募集
②4月からの新企画講座「男の映画」研究 受講生募集
③エッセイ教室 受講生募集「自分の、父の、母の人生を書いてみましょう」
※詳しくは ☎092・721・3200 まで
やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita