「丸八」
福岡市城南区東油山147-5
午前11時~午後3時 水、木、土、日曜に営業、第1、3火曜定休
ラーメン1,000円。
「ラーメン好きの心にまた火が付いちゃってね」。真っ白な調理服姿の渡辺健さん(72)はそう言って笑う。本職はふぐの料理人。しかもミシュラン二つ星を獲得した「油山山荘」のである。普通ならばふぐに専念するのだろう。でも、渡辺さんには切っても切れない相手がいる。それがラーメンなのだ。
渡辺健さん(左)と城戸修さん
これまで何度も別れ、何度もよりを戻してきた。もともと和食の料理人で、昭和47年に割烹「油山山荘」(福岡市城南区)を始めた。軌道に乗せると好物のラーメンをつくりたくなったそうだ。久留米に赴くなど研究を重ねた末の平成元年、同市博多区にラーメン専門店「丸八」をオープンさせた。
濃厚な豚骨が受けて繁盛したが、割烹との二足のわらじ。忙しすぎて約10年で閉店する。あきらめきれずに平成14年に同市南区で再出店したが、割烹で始めたばかりのふぐ料理が大ヒット。手が回らず、3年ほどでまたもや閉めることに。丸八は幻の味となった。
転機は一昨年夏。コロナ禍で油山山荘が休業を強いられ、「好きなことをしたい」とラーメンに再び向かい合い、期間限定で提供した。楽しくもあったが、別の思いも芽生える。「ふぐ用の厨房では火力が弱い。やるからには完璧にしたいと思ったんです」
思いを後押したのは福岡の老舗「名島亭」創業者の城戸修さん(70)だった。城戸さんは丸八の味に惚れ込み、渡辺さんから教えを受けた職人の一人。「先生」「名島」と呼び合う仲で、定期的に会っていた。城戸さんは振り返る。「先生の気持ちは分かっていた。だから『加勢しますよ』って伝えました。というか、たきつけた感じですよ」
渡辺さんの心は決まった。油山山荘の離れにある宿泊場所をラーメン専用の店舗に改築し、新しい厨房をこしらえた。「長時間炊いて、コクを出したい」と寸胴は大きく、火力は強くした。かつてと同じく二足のわらじとなるが、城戸さんに助っ人として入ってもらうことにし、1月のオープンにこぎ着けた。
新生「丸八」の一杯を頂いた。濃厚ではあるが、それでいてフレッシュな味わいなのが印象的だ。かつての丸八のようなワイルドさ、獣感はない。「昔と違って、くさ味は求めていないからね。私自身の好みの変化ですよ」と渡辺さん。冷凍ではなく生の豚肉を仕入れてつくったチャーシューも絶品だ。雑味が全くなくするりと胃に収まった。
厨房を見やると〝店長代理〟の城戸さんが動き回っている。九州交響楽団のホルン奏者だった異色の経歴を持つ城戸さんは「新しいものはすべて古いものが土台にある。先生の出したいものにぼくの経験をプラスして、最高のラーメンを出したい」と話す。その隣の渡辺さんはほおを緩める。「今は新骨だからこれから深くなっていきますよ。ラーメンはやっぱり楽しい」
福岡ラーメン界の大御所2人が並ぶ厨房はその味にもまして濃厚である。
文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞社出版グループ勤務。
著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。「CROSS FM URBAN DUSK」内で月1回ラーメンと音楽を語っている。
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