Sさんと「一陽来復」
自宅近くのコンビニに立ち寄ると、入り口で男性と目があった。「Sさん!」。思わず大きな声が出た。
我が家からほど近い自動車販売会社の営業マン。60代後半、いつも穏やかで明るい。長年お付き合いを重ね、私も2台、お世話してもらった。
ところが、数年前、難病の部類に入る心臓発作を起こし、フル勤務が出来なくなった。入退院後、通院と自宅療養の傍ら、私のような馴染み客をマイペースで訪ねるスローな仕事に転じていた。
コンビニでの再会は2年ぶり。以前よりふっくらとしたお顔を拝見して「元気そうですね。その後、如何ですか」と訊ねると、「ふっくらしているのは薬の副作用です。11月末から福大病院に入院しなくてはいけなくなりました」。少し寂し気だったが、それでも時折浮かぶ笑顔が私を安堵させてくれた。
実は私も10年前、難病に襲われた。朝、ソファーに座っていると、突然、足にしびれが出た。尋常ならざる感覚だったので、整形外科に走ると、初めて耳にする「後縦靭帯骨化症(こうじゅうじんたいこっかしょう)」との診断。
首の靭帯が変形(骨化)して神経を圧迫することで起こるという。症状が進めば、排尿や排便の障害、車イス生活さえ覚悟しなければならない、との説明に全身が凍った。一か月後、3時間に及ぶ手術を受けた。今でも左手と右足にしびれは残り、首はコリやすく、可動域は狭い。再発の恐れもある。
そんなモヤモヤと不安を解消するために始めたのがジョギングだった。時間が経つにつれ、各地のマラソン大会に参加するまでになった。
普段の練習コースは、自宅から福大病院を抜け、西南杜の湖畔公園を往復する5㎞。福大病院では、天気の良い日には散歩の患者さんを大勢お見掛けする。健康の有難さは、病気になってはじめて分かる。元気に歩き、走れる喜びを実感する。
12月22日は冬至。「一陽来復」とも言う。この日までは昼が短くなってきたが、この日を境に昼間が伸び始めるからだ。陰が極まって陽に転じるお目出度い日。悪いことが続いていたら、それが反転して幸運に向かうと言われる。人生にも通じる、この素晴らしい季節語を作ってくれた先人に私はいつも感謝している。
Sさん、お正月にはきっとお元気になって帰宅されることだろう。冬が終われば、必ず春がやってくる。私は北風を受けながら今日も福大病院の構内を走っている。
(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)
馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト