最新の三谷コメディで中井貴一が記憶喪失に
「記憶にございません!」
政治家の口からよく聞く、あの台詞。都合の悪いことをごまかすときに使う言葉というイメージがある。
でも、もし本当に記憶が無くなっていたら?公開中の映画『記憶にございません!』は、中井貴一さんが演じる総理大臣・黒田啓介が記憶喪失になることから物語が始まる。脚本・監督をつとめたのは三谷幸喜さん。中井さん主演でコメディー映画を撮りたい、という三谷さんのかねてからの願いが叶った作品だ。
中井さんは「三谷さんは同い年なので、好きなものが意外と共通していたりするんですよ」と話す。
「僕はクレイジーキャッツの植木等さんが大好きなんですが、三谷さんも植木等さんを大好きでいらっしゃる。笑いに関して言えば、三谷さんと共通点があるような気がずっとしていましたね。撮影していても、とても楽にやりとりが出来ました」
一方で、三谷さんの脚本にはいつも驚かされるそう。
「例えば俳優が大工で、脚本家が建築士とする。僕らが三谷さんの設計図、つまり脚本を読むと、この扉は何の意味があるんだろー?と最初は疑問に思うところもあるんです。ところが実際に演じてみると、つまり家を建ててみると、その扉に大きな意味がある。いい脚本って、そういう裏切りがあるんですよね」
今回の映画にも、思いもよらぬ扉が仕掛けられているが、それは観てからのお楽しみに。
変わることの勇気を与えてくれる映画
金と権力が大好きな悪徳政治家だった啓介は、記憶を失ったことで善良で純朴なおじさんに変わった。最初は周りに言われるがまま動く啓介だったが、やがて自分の意志で動き始める。アタフタと騒動を起こしながらも、いい方向へ変えようともがく啓介を観ていると、あることに気が付く。記憶を失っても啓介の肩書きも、彼を取り巻く環境も何も変わっていない。ただ、啓介自身の意識が変わったことで、全てが変わっていく。そう、人はいつでも変われるのだ。
中井さんも「人は努力で変わることができると思います」と、自身の半生を振り返る。
「子供の頃、赤面症で人前で何かをやるのが嫌いだった僕が、俳優の道を選んだということ。そして38年間、この仕事を続けているというのは、自分を変えようとしたことの結果が継続して、今に繋がっている気がしますね」
劇中では家庭人としての啓介の姿も描かれている。
「今までの考え方は国があって国民がいるっていうことなんだけど、この辺で国民がいるから国家があるという考えに変えていかないと、ダメになっていく気がするんですよ。結局は家族の集合体が国家に繋がって、総理も家庭の父親なんだってことに立ち返っていくことを三谷さんは考えたのだろうと思います」
笑って、笑って、そして心が温かくなる。三谷映画の真骨頂を存分に堪能できる本作。啓介の奮闘ぶりに勇気をもらえるはず。
山﨑智子=文
text:Tomoko Yamasaki