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ハットをかざして 第174話 母のすすめ

ハットをかざして 第174話 母のすすめ


 ふるさと中津が近くなり、母は大いに喜んだ。月一は帰省する。博多―中津は、当時、「にちりん」で1時間45分くらいだった。

 駅に着き、ホームから階段を下りていくと、母は必ず改札口の前で待っていた。私を見ると、仔犬を見るような笑顔を浮かべた。

 コピーライターという当時まだ珍しい仕事に就いたのも、母の影響だったかもしれない。高校時代、そう成績の良くない私に、普通の大学に行くより、人と違った道に進むがよいとアドバイスをくれた。①に文化服装学院に行き、ファッション・デザイナーの道はどうかと言ってきた。その頃だったか、高田賢三、金子功、松田光弘、鈴木順子ら若手の名前が世に出始めていた。だが、女性ファッションのデザインをする能力が自分にあるとは思えなかった。②に山野高等美容学校、母の飲み屋の隣が美容院で、幼い頃からそのお店に入り浸り、お客さんの読む婦人雑誌を捲っていた。老先生は弟子たちにパーマやカットを任せ、いつも私の遊び相手をしてくれた。お子さんの居ない先生で、小学校に入るまで、日永一日、美容院のソファーで過ごしていた。母は先生から聞いたのか、美容師さんたちを教える先生になることを勧めた。新しいカットやパーマをニューヨークあたりで勉強し、日本中各地でその土地の美容師さんたちを集めて、技を教える講習会の先生である。少し心が動いたが、手先がそう器用とも思えなかった。③に立教大学ホテル観光学科を勧められた。高校3年の時、出来たばかりの学科で、これからの日本はホテル業が盛んになるだろうとの読みだった。これは十分に触手が動いた。

 だが結局、どの道にも進まなかったが、何か新しく珍しい仕事という意識は脳の片隅にあった。コピーライター、近所の人や、親戚の人にその内容を分かってもらうには、しばし時間を要した。大学に通いながら、夜間にコピーライター学校に通う費用を出してくれたのも、人が歩いてない道を行けの、母の哲学だったろう。

 田舎への帰省時の服装も、コットンやGパンといった普段着で帰ることを好まなかった。近所の手前か、必ずスーツにネクタイで帰ってくることを期待されていた。簡単に云えば、バリッとした服装である。戦後、中国から引き揚げて来て、肩身の狭い水商売しかできなかった劣等感からの反動かもしれない。

 鎌倉芸術館が刊行した「ふるさとへのうた」という本がある。そこに私の下手な歌が掲載されている。「負けては帰れぬ町」という題である。

「ふるさとへ帰るときはいちばんトレンディな服を着るとことんオシャレに決めこんで都会の姿で戻るんだ負けては帰れぬ町だからプラットホームに降り立って私はまるでアクターだ瞳にグイと力をいれてあごをクイッと引き上げて負けては帰れぬ町だから(後略)」

 父母もとうに他界し、故郷は今では飾らず帰れる町となった。


中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
 ①新映画教室4月開講「女性の生きる道」特集、只今募集中!
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  詳しくは ☎092・721・3200 ご見学いつでもOKです!

やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita

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