1968年台湾生まれ。9歳より福岡で育つ。2002年に『タード・オン・ザ・ラン』で『このミステリーがすごい!』大賞銀賞・読者賞、2015年に『流』で直木賞など多数受賞。現在、連載小説『怪物』を西日本新聞夕刊に好評連載中(2021年に書籍化予定)。
自分自身を 主人公に投影させて
福岡在住の直木賞作家・東山彰良さんの小説が、西日本新聞の夕刊で連載されている。タイトルは『怪物』。台湾出身の主人公は子供の頃に日本に渡り、権威ある文学賞を受賞した小説家。そんな彼が台湾・国民党の空軍偵察機乗組員だった叔父の半生を追う物語である。
主人公のプロフィルからは、自然と東山さん自身のことが思い起こされる。
「主人公は自分自身を投影したつもりで書きました。名前も『東山』から一文字削った『柏山(かしやま)』。彼を描写するためのいろいろなエピソードは、僕の個人的なエピソードを用いています」
作者と主人公が重なることで、描かれている柏山の心情も東山さん自身が持つ心情ではないかと思えてくる。心の内をさらけ出すようなことは勇気がいることでは?
「あくまでフィクションですので、どの部分が実際に僕の考え方を反映していて、どの部分がそうではないということは読者には分からないと思います。そういう意味では勇気はいりません。ですが、主人公に言わせている言葉を、僕が信じきれているかどうかということでは勇気がいる気がしますね。自分が書いた言葉は自分の身の丈に合っているのだろうか、読者の関心を引くためにかっこつけて書いているのではないだろうかと常に自問自答しています。足りないものを補い武装して書くというよりも、どこまで鎧を脱いでいけるのかという方向での勇気かもしれません」
繰り返される愛と自由の物語
『怪物』を表す言葉として、1話目に「愛と自由をめぐる物語」と記されていた。
「愛と自由について、いろいろなやり方で繰り返し反復するような作りにしています。主人公の柏山にとっての愛と自由、あるいは彼が解釈した叔父さんにとっての愛と自由。そして、彼が作中で書いた物語の中での愛と自由。作家が受ける影響というのは、作品に投影されるので、作家と登場人物がシンクロすることがある。だから、柏山がこういう経験をしたから、彼が描く物語の主人公にも同じ経験をさせる。反対に、柏山が現実で失敗したことを小説の中では同じ轍(てつ)を踏まないように、主人公を上手く立ち回らせるかもしれない。柏山の哲学を受け継いだフィクションの主人公が、彼自身の人生において違う選択肢を選ぶ。そういうことも、この小説の一つの側面かなと思います」
繰り返される「愛と自由」をたどることで、私たちは何を感じるのだろうか。連載中の『怪物』は、序盤が過ぎたころ。本題はいよいよこれからだ。まだ読んでいないという人も、これからの行方を見届けてほしい。
山﨑智子=文
text:Tomoko Yamasaki