図書委員を任命された。
これは若手社員リレーでの、一回限りのミッションである。一回の予算5000円、このお金で何を購入してもいい。予算内であれば専門書、稀覯本、なんでもOKである。50年前の5000円は、今に換算すると2万5000円というところであろうか。
先ずは同期たちの選択が気になった。ここ1、2年分の購入書をチェックする。選ぶ本でその人物が分かる。皆、その人らしいものを選んでいる。知的で学究肌のT君はアメリカのマーケティング書を選択している。H氏賞を狙っているA君は秋山清詩集を選んでいた。歌舞伎好きのY君は歌舞伎十八番解説書を買っている。時のベストセラーや、「日本列島改造論」(田中角栄著)や「冠婚葬祭入門」(塩月弥栄子著)といったノウハウ本でごまかしている者もいる。
何かユニークでアカデミックでアナーキーで、社内に自分の選ぶ視点を顕示してみたかった。「サルトル」「カミュ」「サリンジャー」「ル・クレジオ」と漁ってみたが、残念ながらすでに購入されていた。
先を越された。なかなかに皆、いい線を突いている。図書館の書棚を隅々まで見つめてみると、江戸川乱歩は一棚分あったが、なんと夢野久作がない。
ちょうど2年前の1969年、三一書房から夢野久作全集7巻が出版されていた。編集は中島河太郎と谷川健一、四六判、上製函入、8ポ二段組で一巻980円である。5000円の予算では7巻一気には買えない。図書館長兼務の総務局長にまず5巻からと陳情すると、「夢野かぁ、面白い」と購入許可を貰った。
夢野は本名杉山泰道(やすみち)、福岡の人で、一時九州日報(今の西日本新聞社)で記者をしていた。父親は杉山茂丸、玄洋社頭山満の盟友で、彼が東京築地で経営していた台華社は「内閣製造所」とまで呼ばれた。政界の黒幕である。
第1巻に「あやかしの鼓」「いなか、の、じけん」「瓶詰の地獄」「押絵の奇蹟」と力作奇作ぞろい。第2巻に「狂人は笑う」、第3巻に「暗黒公使」、第4巻に長編「ドグラ・マグラ」、第5巻に「犬神博士」と選抜編集されている。
私が生まれた大分県中津市の、山国川を挟んだ隣郡が福岡県築上郡、ここの西角田村福間に、久作の腹違いの妹森アヤ子が暮らしていた。母親を早くに亡くした彼女の日常や生活を心配して、久作は杉山泰道の名でたくさんの手紙を送っている。その文面はまるで真実の妹を心配する兄の気遣いである。
「瓶詰の地獄」の主人公太郎はひょっとして久作自身ではないか、文中の妹の名も「アヤ子」となっている。離れ小島に流された兄妹の近親相姦ものであるが、久作はこの腹違いの妹に惚れていたのではないか、そんな勝手な想像をめぐらせた。
私はこの全集5巻を会社の図書館に収めた。後に司書に聞くと、やはり第1巻の貸し出しが最も多いと聞いた。
中洲次郎
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房)
新刊『団塊ボーイの東京』(矢野寛治・弦書房)
◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
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やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita